|
|
昨日参加して下さった方ありがとうございました。
市内の方でほとんんど定員がいっぱいになってしましました。、
参加してくださった地元の方もこんな場所があったなんて‥と驚かれていましたが
地元の多くの方にぜひ知って頂きたい趣旨もあったのでよかったです。
座禅会で考えたこと。
一刹那に生きるこそ、元気のもとといった五木寛之さんの本を想いおこしました。
きのうを思い出さない。
あすを考えない、
考えなくても体のなかに生きている。
大事なことは頭で生きず、感覚で生きること。
放念することだと。
放念とは”こだわらない”というこだとおもう。
昨日のワークショップではすばらしく環境の整った座禅堂で座禅をさせて頂きました。
老師様から無心になって座ってください。と言われました。
只管打座しても、ヨガの瞑想をしても本当に”無心”の境地など私のような凡人にはありえない。
だったら、浮かんでくる想念にこだわらず「手放す」
だから私はいつもシャバアサナの時あえて思いを手放して‥といいます。
これが放念だと思う。
私も今年ジュセリーノさんとお会いして彼の予言にかなり動揺しました。
でも富士山がいつ爆発しようが、東海地震が起ころうが無功徳!
明日のことなどわからないことを覚悟した。
執着を無くして何でもありでしょって笑ってながせるようになった。
それが私が長年ヨーガをやってきての一番の収穫です。
そして禅もヨーガをしても”無功徳”。
禅の悟りも、ヨーガの瞑想も悟りを得て何の得があるだろう・・
そんな老師様のお話があった。
でも気休めにしても 気は休まるのだから‥
悟りを得るためではないと私はすぐさま”諦める”。
しかし縁あってこのあわただしい時代に、
昨日のワークショップの行われた瑞岳院さんのような
電話もない、電気もない、水道もない、
厳かで、静かなすばらしく浄化された
場所でじっと静かにできる時間を持てたことは私にとっても、
参加された方にとっても幸せな出来事だったと思う。
寒い冬はの暖は薪ストーブだけです。
こんな体験ができるのは今の日本にはそうありません。
”足るを知る”地球温暖化はまず便利さを我慢することだと思います。
ここでまずは体験してみるのもいいと思います。
またぜひ泊まりでやって欲しいとの声もありましたので
次回考えたいと思います。
詳しくは昨日参加してくれたmeenaしゃんのミクシーの日記に素敵な文章で
詳しく書いてるのでよかったら見てください。
オーム 寂聴 寂聴
http://www2u.biglobe.ne.jp/~vivis/okabekougyousyo
|
|