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当時の公安2課長は 茂木誠 (現 警備部参事官兼刑事部付)

 投稿者:備品のカメラで  投稿日:2016年 5月 1日(日)21時13分19秒
返信・引用
  > No.118[元記事へ]

当時の公安2課長は 茂木誠 (現 警備部参事官兼刑事部付)

2010年3月12日
【任警視長】生活安全部長、多田善利【警視正】交通部長(警務部参事官兼2方面本 部長)田中栄一▽さいたま市警察部長 ... 峯逸男▽公安2課長(警察庁)茂木誠▽公安3 課長(浦和副署長)瓜田勝美▽災害対策課長(生安企画課主席調査官兼http://policeofficer.seesaa.net/article/143426519.html

2011年9月8日
浦和西署長(少年捜査課長)七五三木清和▽大宮西署長(監察 官)森田章▽新座署長(機捜隊長)高野邦夫▽草加署長(総務部理事官兼総務課長)尾 前健三▽鴻巣署長(公安2課長)茂木誠▽狭山署長(警務部理事官
http://policeofficer.seesaa.net/article/225050911.html

http://policeofficer.seesaa.net/category/4794928-1.html
http://keiyu110.org/reassurance/entry_1652/
 
 

埼玉県警 不祥事: 公安2課 課長補佐が勤務中に 水着女子高校生の尻部分を盗撮容疑

 投稿者:備品のカメラで  投稿日:2015年 4月25日(土)13時44分33秒
返信・引用
  女子高生盗撮の警部を書類送検=勤務中、備品カメラで-埼玉県警


 女子高校生の水着姿を盗撮したなどとして、埼玉県警は12日、県迷惑行為防止条例違反などの容疑で、県警警備部の男性警部(57)を書類送検するとともに、減給100分の10(3カ月)の懲戒処分とした。

警部は同日付で依願退職した。「若い女性の水着姿に興味があった。

これまでにも何回かプールで盗撮した」と話しているという。

 県警監察官室によると、警部は8月2日午後0時半ごろ、埼玉県川口市の市民プールで、水泳競技大会に参加していた女子高校生2人の尻部分を、2階の観覧席からビデオカメラで約1分間盗撮した疑い。

 警部は昼休み中で、県警の備品カメラを使用していたという。(2010/11/12-16:43)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2010111200610



埼玉県警 警部が水泳大会を無断撮影=勤務中、ビデオカメラで-埼玉県警

 埼玉県警警備部の50代の男性警部が勤務時間中、水泳大会を主催者に無断でビデオ撮影していたことが3日、分かった。県警は県迷惑行為防止条例違反の疑いもあるとみて調べている。

 県警監察官室によると、警部は2日正午ごろ、同県川口市のプールで開催された
水泳大会を、観覧席から主催者の許可無く撮影したという。ビデオカメラは県警の
備品で、警部は撮影が業務と無関係だったと認めているという。
(2010/08/03-13:38)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2010080300443


埼玉県警 警部、プールで盗撮?…備品のビデオで


http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100804-OYT1T00009.htm?from=y10

 埼玉県警 公安2課 課長補佐 の50歳代の男性警部が、勤務日に埼玉県川口市内のプールで女子高校生の水着姿を無許可で撮影していたことが3日、県警監察官室への取材で分かった。

  県迷惑防止条例違反(盗撮)や建造物侵入の疑いがあるといい、同室は警部から事情を聞いている。

  監察官室によると、警部は2日正午頃、同市西青木の青木町公園総合運動場プールで行われた水泳大会で、撮影許可を受けずに、観覧席から、出場中の生徒が泳いだり、プールサイドにいたりする様子をビデオカメラで撮影。カメラには数分程度の時間、生徒の水着姿が映っていた。

  当時は出勤日の休憩時間中で、カメラは県警の備品だった。来場者から「許可証を付けていない人がビデオを撮っている」と通報があり、大会関係者が110番した。

警部の家族に出場選手はおらず、同室は大会に出かけた経緯や目的などを詳しく調べている。

警部は「仕事とは関係なかった」と話しているという。」


埼玉県警警部、捜査用ビデオで水着の女生徒撮影
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101112-OYT1T00653.htm

公安が女子高生を監視? 水着盗撮容疑で埼玉県警警部を書類送検 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/101112/crm1011121732028-n1.htm


blog: http://ameblo.jp/koshigayamidorikawa/entry-11856068829.html

--------------------


人事:埼玉県警 警察学校長に大島氏 前年同期比、487人減の589人 /埼玉
http://ameblo.jp/saitamasai/


埼玉県警察学校の元校長が前任者ら3人を業務上横領で刑事告発
http://ameblo.jp/womanrightsjapan/entry-11940703220.html


越谷警察署 署長 緑川清正 が女性を署長公舎に連れ込みセクハラ 停職処分
http://ameblo.jp/koshigayamidorikawa/entry-11856058524.html



埼玉県警 不祥事 : 羽生警察署 警備課の巡査長 が証拠品の児童ポルノDVDを警察署内で複製、上司らに配布、課長らが「自分もほしい」などと言って複製を依頼

http://ameblo.jp/womanrightsjapan/entry-11940696844.html



埼玉県警察女性警察官採用・登用拡大計画
埼玉県警 不祥事  埼玉県警 採用 倍率 採用試験 試験 男女共同参画 女性警察官  就活
公務員 セクハラ パワハラ  セクシャル ハラスメント パワー ハラスメント 不祥事
取り締まり 視閲式 音楽隊 埼玉県警本部 本部 免許 イベント 拾得物


埼玉県警 不祥事: 公安2課 課長補佐が勤務中に 水着女子高校生の尻部分を盗撮容疑 備品のカメラで
http://ameblo.jp/kantousaitamasai/
 

読売新聞批判

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2014年 7月13日(日)22時18分56秒
返信・引用
  昨夕、読売新聞の販売員が一か月でもいいから購読してくださいと勧誘にやってきた。今までも半年に一回ぐらいは、東京ドームのジャイアンツの試合や読売ランドのチケット、あるいは多量の洗剤やインスタント食品を持って勧誘にきていたが、面倒くさいので、「今取っている朝日新聞とは1年の契約があるので途中で読売を取ることができない」との理由で断っていた。

だが今回は暇をもて遊んでいたこともあったが、読売新聞社というのはとんでもない新聞社であるなど、さんざん悪口を言ってやった。
つまり社内体質の無気力、沈滞、ジャーナリストとしても堕落の極みにあると考えるので、これらが改まらない以上、読売新聞を購読するつもりは絶対ない、もう訪問セールスに来ても無駄だと返答した。
なぜ読売の体質が腐敗し、ジャーナリストとしても堕落の極地にあると考えるかをトクトクと説明もしてやった。それらは以下の理由でもある。

1.老害の象徴的存在で、政界のフィックサー気取りのナベツネが86歳にもなる今日まで30年間以上も独裁権力(主筆としての編集権や会長としての人事権や統治権)をほしいままにしている異常な会社。それがメーカーなどのオーナー会社ならともかく、民主主義や腐敗、独裁、表現の自由、平等、権力、権威などにもっとも敏感にならなければならないジャーナリスト集団である新聞社にもかかわらず、である。内部からナベツネに引退を迫る気骨のある記者は一人もいないようだ。
中近東の「アラブの春」で独裁者を追放した3つの国は若者たちが自らの命を賭けて立ち上がった。それに比べると読売の社員は権力にはまったくひ弱な連中ばかりのようだ。

2.ここ2年間の大きな政治問題であった、「脱原発」、「特定秘密保護法」「集団的自衛権に関する解釈改憲」など、世論の動向を無視して、ことごとく与党自民党にすり寄る論調に終始している。ジャーナリストの大きな役目は権力の暴走の歯止めになること、権力を監視する任務もある。それなのに、読売は自民党や政府の広報機関に堕落してしまった。
  こういう体質の言論機関は、国民の無関心、無知を利用する悪癖もある。そういう意味でも自称1000万人の購読者がいる読売の罪状は深いと考える。

3.現在的にこのようにジャーナリストの本分のかけらもない読売新聞ではあるが、昔、ナベツネが権力を持ってないころは、それなりに反骨たくましい、これぞジャーナリストの見本ともなるような人がいた。
 例えば「我、拗ね者として生涯を閉ず」の著書がある言論界では超有名人であった本田靖春さん、大阪支社の社会部長として数々の腐敗や汚職をスクープし、政治家や経営者から恐れられた黒田清さん、今でも人権問題で東西奔走して活躍中の山口善紀さん、前の二人はすでに故人ではあるが、3人ともナベツネの独裁に反旗をひるがして辞めた人たちである。

と、こんなことをまくしたてていたら、さすがにその販売員、「私ではどうすることもできませんので」と言って帰ってしまった。こんな調子で販売員にあたって少々悪かったな、と反省はしたが。

ただ弁解ではないが、「批判するからにはその批判の対象のことをよく知らなければならない」という意味で、暇な時間過ごす区立図書館ではよく読売新聞を斜め読みしている。
中には「文化面」など関心が持てるいい記事だと思えるのもある。
だが、特に今回の「集団的自衛権」をめぐる首相・安倍のやり方には怒りが充満していたので、これに対しての読売の論調に関心が強く、この点を重点的に読んでみた。それはやはり期待はしてはいなかったが、絶望する以上に呆れ果ててしまった。
要するに、読売では「安倍首相が憲法解釈の変更に強い意欲を示し、最後まで揺ぎ無い姿勢を貫いたことが、困難な合意形成を実現させた」と歓迎し、新解釈は「解釈改憲」とは本質的に異なるとするだけで、その理由など明記していない。また集団的自衛権を認める効果として「抑制力ができる」「米国との同盟がある以上当然だ」「時代の変化には適宜に応用しなければならない」というように、首相・安倍をとりまく御用学者やブレ~ンの言い分とまったく同一なのだ。

ちなみに朝日新聞の記事で言えば、集団的自衛権の賛否を地方新聞43社の社説から検索してみると、反対40社、賛成3社であったとか。例えば昔佐賀の実家で取っていた「西日本新聞」は「5,6月で計22回社説で掲載。1日には憲法9条の条文を載せ、解釈変更での閣議決定を“9条の骨抜き”と批判。2日は与党協議を“お粗末の一言”と断じた」
また、私が最も評価している「沖縄タイムズ」は「憲法クーデター」とまで言って強烈に安倍内閣を断罪している。

地方新聞は地方有力者の資本が入っている場合もあり、保守的傾向になるところもあるが、さすがに憲法問題には、きっちりと対応している姿が浮かぶ。
また別のアンケートでは、全国の大学で憲法を講義している教官(憲法学者)500人にアンケートを取ったら、95%が安倍内閣の今回の解釈改憲は拙速であり、憲法違反と答えているのだ。

このように新聞社、憲法学者の見解から言っても、読売の論調というのが、政府の広報誌に堕落してしまっていること、ジャーナリストとしての本分のかけらもないことが証明されうる。
 

世界7月号に載った論文

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2014年 7月 1日(火)14時05分27秒
返信・引用
  私が参加している「同人言の輪38号」(今年2月発刊)上で、当時最大の政治問題であった特定秘密保護法を懸念するあまり、「特定秘密保護法のでたらめさとその危険性」というタイトルで、その内容を明らかにした。

そしていつものようにこの内容の合評会を言の輪掲示板でやり、いろんな方の合評(ほとんどがこの法や主導者である首相・安倍については批判的だった)を聞いているうちに、この「特定秘密保護法」をそっくり「安倍晋三」と置き換えたら、つまり「安倍晋三のでたらめさと危険性」というタイトルとテーマでは、これまたいくらでも書けるのではと思ったものだ。

それゆえに締め切りも近くなった「斜光19号」ではこのテーマで書いてみた。その後さらにこの首相の「集団的自衛権」に固執する変質狂的性格など腹に据えかねることも多く、その後のこの男のオツムの弱さを象徴している言動を追加して、10周年記念誌となる「言の輪40号」にも投稿したいと思っている。

今月の本として紹介したいのは、本ではないが「世界7月号」に載った評論である。この論文は安倍のでたらめさとお粗末さを更に証明したようなものだ。

それは5月15日、首相・安倍の「集団的自衛権をめぐる過去永年にわたる政府自民党の方針」を180度転換させようという“歴史的な”記者会見があった。この記者会見の一部始終を挙げながら、安倍がしゃべった言葉や文章、読み上げた口調がでたらめさとお粗末さに充満していたかを解説したものである。
歴代首相が行った記者会見の中でも、この時の安倍のはシッチャカメッチャカさという点では抜きんでていてこの意味でも歴史的な記者会見であったろう。そしてこんなしゃべり方を恥とも思わないとは、まさに(私がしょっちゅう繰り返している)この男のオツムの弱さを象徴していると思われる。

『喜劇のような演説が現実となるとき』-安倍首相「集団的自衛権」記者会見を読み解く―    想田和弘(世界7月号・岩波書店発行)

私もこの時の記者会見を見ていたが、まず安倍が説明したのは、母親が幼児を抱いている特大のパネルを示して「海外で紛争が起き、逃げようとする日本人を米軍が救助、輸送しているとき、日本人が乗っている米国の船を自衛隊は、守ることができない」と、憲法解釈を変えて集団的自衛権行使を可能とする必要を訴えた。

だが、この説明は虚偽に等しい。従来海上自衛隊は日本に石油、食料などを運ぶ商船などを守る「シーレーン防衛」を主任務として訓練し、そのために優秀な装備を揃えている。このシーレーン防衛は「個別的自衛権」に属すると解釈されてきたので、日本の存立に不可欠な物資を運ぶ外国船籍を含めて、日本人の避難者を乗せた米国艦船を守ることも「個別的自衛権」で十分である。
それに多くの軍事専門家や朝日新聞なども言っているが、そもそもこういう例は現実的に想定できないのだ。何故なら朝鮮半島有事の際に米国艦隊が民間人を救出する優先順位を米国政府は1.米国旅券の保有者 2.米国永住許可証保有者 3.英国、豪州、カナダ、ニュージランド国民 4.その他と定めている。韓国には米国籍の民間人14万人、永住権を持っている韓国籍の人を含めると計22万人とも言われている。1隻に1000人が乗れたにしても220隻だ。「その他」に当たる日本人(韓国在住の日本人は約5万人)に順番が回ってくるのは余程先。それまでに日本の大型フェリーなどが日本人を救出しているだろう。

他にも視聴者の情に訴えるような例を引っ張りだしていたが、どれもこれも軍事や中東の専門家に言わせれば、個別的自衛権が適用できるものか、ほとんど想定できない例ばかりだったのだ。
それに驚くべきことに、このパネル使用なども安倍自らが指示して事に作らせたものらしい。こんなもので国民を騙せると思う安倍の魂胆があさましく、論理でなく人間の情に訴えるやり方もさらに姑息である。

少々前段が長くなってしまったが、だが想田さんの本著にはこのパネル使用の矛盾点は何ら書かれていない。
書かれているのは、例えば、安倍の言葉、「今や海外に住む日本人は150万人、さらに年間1800万人の日本人が海外に出かけていく時代です」と日本人が世界中に出かけて行く状況を受けて、「その場所で突然紛争が起こることも考えられます」というわけだが、「その場所」とは文脈から言えば「世界中のどこか」という意味にとれる。だがこのすぐ後には「そこから逃げようとする日本人を、同盟国であり、能力を有する米国が救助、輸送しているとき、日本近海で攻撃があるかもしれない」と続く。
つまり、「その場所」とは「世界のどこか」から突然「日本の近くのどこか」に変更する。しかも説明のため揚げられたパネルから推測すると、おそらくそれは「朝鮮半島」という特定の地域なのだ。
ならば最初に、「海外に住む日本人が150万人とか年間1800万人が海外に行く」などとは言わずに、「朝鮮半島に出かけて行く日本人の数字を揚げればよい。
意図的なのか、オツムの弱さかげんから来るものかわからないが、この例は程度はいいほうである。その後の具体的な例のひどさは目を覆いたくなるようなものばかりだ。
安倍の記者会見では、ほとんど全てがこのように言葉と言葉の連関性のあいまいさ、主語が述語に繋がらないこと。言葉の支離滅裂さ、など言葉の論理性が破壊されていると著者は述べる。

この会見にはめずらしく僅かであるが質問の時間がある。東京新聞の記者が「・・・憲法解釈を一政権の判断で変更するとしたら、憲法が政府の政策を制限する立憲主義の否定ではないでしょうか。政権が自由に憲法解釈を変更しても問題ないとお考えですか」
この質問に対し、安倍はそれまでのパネルを使った例などを踏襲し、日本人の生活と生命を守ると何度も繰り返して、結局はこの質問にはまともに答えていない。強いて言えば「立憲主義に従って政治を行っていく、当然のことであります」と言っただけである。そもそも「立憲主義」という概念でさえ理解できていないようでもある。

この記者会見がドラマの最終場面であれば、ナレーションとして「安倍首相は、日本の歴史的方向転換を、舌足らずで意味不明な日本語の演説によって高らかに宣言した」というべきだろうか。ああ、なんというホラーな喜劇、と著者はため息をつきながらペンを置く。

だが現実は、舌足らずで思考の混濁した、日本語文法的にも破壊された演説しかできない首相であっても、安倍自民党は両院を支配下において絶大な権力を誇っている。唯一頼りであった公明党も結局は安倍の軍門に下った。
日本がいよいよ戦争のできる国になったというのが現実であろうし、しばらくはこのレベル程度の安倍の政治の時代が続く。



 

本の紹介

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2014年 3月31日(月)22時36分58秒
返信・引用
  安倍が政権を担ってからというもの、中国、韓国の関係は最悪のものとなっている。特に安倍が靖国参拝という国の首相としてあるまじきバカなことをやったあとは、安倍がもっとも頼りとしている米国からでさえ批判されているのだ。
だからと言って、中国や韓国、あるいは米国からの信頼を取り戻す方策は、何も難しいことではなく、まったく簡単なことである。オノウは弱いくせにメンツだけは強い安倍にはできないことだろうが。
それはどういうことかと言うと、
1. 今後、靖国参拝は絶対にしないことを宣言すること。
2. 戦中の植民地政策や東南アジアへの侵略で、中国や朝鮮民族に大きな被害を与えたことを謝罪した「村山談話」を踏襲することを、あらためて宣言すること。
3. 戦中の従軍慰安婦の多くを韓国、中国から強制的に連行したのは政府や軍であったことを認め、謝罪した「河野談話」を確認し、あらためて謝罪の言葉を述べること。

この三つを安倍自身が述べれば、絶対にもとの友好関係を取り戻すことができると断言する。そしてこれらは、常識的に思考できる人間ならば、まったく理にかなったことであり、何ら恥ずべきことでもないし、世界の良識からは賛辞されるかもしれない。何故なら、

1.については、靖国神社がどういう性格で、どういう過程で今あるかを考えるのなら、国益を考えても日本の首相は絶対に参拝するべきではない。
2.については日本は第二次世界大戦の結果を認めたポッダム宣言や、東京裁判や侵略戦争だったことを受容したサンフランシスコ平和条約を締結したのだから、「村山談話」は何もことあたらしいものをまとめたものではない。それに歴代の自民党政府も認めてきたものである。
安倍が言う「侵略とか侵攻というのは国によっては見方が違う」というのが、いかに馬鹿げた歴史修正主義者のたわごとであるかが分かる。
3.については、安倍は「軍や政府が公式に従軍慰安婦とした文書は残っていない。したがって国の関与はない」と、しゃべっていたものだが、さすがに最近は「安倍内閣は河野談話を引き継いでいる」と発言しなおしている。それでも読者の中には、「公式の文書」が残っていない、という安倍の言い方を信用して、この河野談話の事実性を疑っている方もいるのではないかと思う。
それで、今月は以下の本を紹介したい。この本を読めば、安倍や安倍の取り巻き連中、ハシゲかハシシタか知らないがあの大阪市長やNHK会長が、いかに従軍慰安婦についての認識が浅はかであり、事実を歪めていることが理解できよう。

  従軍慰安婦           吉見義明 著(岩波新書)

私は今までに何度も雑誌や新聞などで従軍慰安婦のことを読んできたつもりだったが、今回初めてこのように体系的に書かれ実証的な本に出会い、驚きと怒りを持って読み終わったという感がする

1991年に初めて3人の韓国人元従軍慰安婦が、日本政府の謝罪と補償を求めて東京地裁に提訴した。
その3人の中で唯一本名を名乗った、金学順(キンハクスン)はNHKのインタビューに答えて「日本軍に連行され踏みつけられ、一生を惨めに過ごしたことを訴えたかったのです。日本や韓国の若者たちに、日本が過去にどんなにむごいことをやったことを知ってほしい」と述べた。
著者はこの言葉に衝撃を受け、その後、従軍慰安婦の研究を始めることになる。

敗戦に際して政府や軍指導部は、マッカサー司令部からの責任追及を恐れて、組織的に公文書破棄、隠滅したことはよく知られているが、それでも著者は、どこかに残されているはずだとの信念で、丹念に根気よく探していく。そしてついに日本軍が軍慰安所設置を指示した公文書を防衛庁防衛研究所図書館で見つけ出すのである。これらは敗戦直前、空襲を避けるために八王子の地下倉庫に避難させておいたため、連合国軍到着までに焼却が間に合わなかった42年までの資料群であった。連合軍に接収されて米国に渡り、後に返還されて防衛庁防衛研究所図書館に保存されていたのだが、この資料群の中に慰安婦関係の資料があるとは誰も思わなかったために、見過ごされていたのである。その後も著者は精力的に探し出して、慰安婦関係の資料は遂に62点も収集できた。そしてこれらの資料集をまとめたものを92年に刊行した『従軍慰安婦資料集』として別途発行する。
その後、多くの人たちが資料発掘に努め、今では多くの軍や当時の海軍省、陸軍省、内務省の公式文書が発見されているのだ。

これらの公式文書以外でも当時の政府関係者、軍関係者、元憲兵、警察官、元従軍慰安婦(中国人、韓国人、インドネシア人、フイリッピン人、オランダ人他)、慰安婦連行や設営に協力せざるを得なかった民間人など、ありとあらゆる関係者にヒアリングし、聞書をとる。あるいは当時の彼等の日記や文章のコピーをとって検証する。
そしてこれらの資料や聞書をもとにして、日本軍・日本政府はどのようにして関与したのか、また実態はどうであったのか、従軍慰安婦の全体像を描き出す。

とにかく資料はものすごく詳細で具体的である。例えば従軍兵士の日記を紹介するにしても、中国のなんとか県に駐屯した・・・師団、・・連隊、・・伍長の何某という固有名詞を全てに使用されている。内務省や陸軍省が発令した文書でもすべて日付と作成者名が入っている。安倍などが言う公式文書が発見されていないとか、作文されたものとか、民間人の文書であるというたわ言を否定するものばかりである。
それでは戦時中、脅迫、拉致、だまされて強制連行された現地の従軍慰安婦はどれくらいいたのだろうか。著者の推定では兵士100人にひとりとして考えれば最低で5万人、最高で15万人と推定しているが。

慰安婦が一日に相手にしなければならない軍人の数は、将校用慰安所では多くなかったが、下士官・兵用の慰安所では、平均2~30人にもなった。ビルマで軍慰安所を経営していた香月久治によれば、ある日、慰安婦が一日に60人の相手をさせられたことがあったが、この女性は三日ぐらい休まなければならなかったというから、女性にとって大変な苦痛であったことはまちがいない。
「何度も性器が腫れ」たという状態でも、彼女たちは拒否することができなかった。性に餓えた軍人たちは、殺気立っており、拒めばひどい暴力をふるわれたからである(元慰安婦・李英淑談)。

また患者輸送第89小隊・衛生曹長・川崎正美の戦中日記によれば、軍慰安所の異常な生活の中で、肉体的な苦痛や精神的な苦しみから逃れるために、麻薬に頼るようになる慰安婦も少なくなかった。ある朝鮮人慰安婦から聞いた話として以下のように記録している。
「朝鮮半島から騙されて、軍の慰安というので踊ったり歌ったりして慰めたら良いと言われ―シナに渡ってきたら『客を取れ』という。何のことか分からずに、客のところへ行ったら、一辺でやられてしまった。それからは自棄糞である。次々に兵隊がくるのだから、こなさなければならない。忙しい時は仰向けになって握り飯を食いながら、足を開いていると、兵隊さんは次々と来て、乗っては帰り、乗っては帰る。痛いとか何とかは通り越してしまって、下半身が痺れて全然分からなくなる。起き上がるのもヤッとである。ようやく落ち着くと下肢が突っ張ってしまって、下腹は張ってしまって重苦しくて一日中鈍痛がある。二、三日休んだらよくなることは分かっているが、次々に客がくるので休めない。まったく生き地獄とはこのことです」
この慰安所なのか特定できないが、慰安所の前で、一般兵士が長蛇の列を作って並んでいる写真が付いている。
また騙されて連れてこられた慰安所で、抵抗していたら手足をベッドに縛られて足だけ開かされて相手をしなければならなかった元慰安婦の聞書も載っている。

とにかく書けばきりがないが、このような環境の中で軍慰安所の女性たちは、日々、日本軍の将兵から性的奉仕を強要され続けていた。日本軍はこのような女性を大量に抱え込みながら、彼女たちを保護するための軍法を何も作らなかったのである。戦時中の民間人の人権を保護するための「国際法」に加盟していたにもかかわらずである。
日本国内の公娼制でも、18歳未満の女性の使役の禁止、外出・通信・面接・廃業などの自由を認めていたが、従軍慰安婦にはこの程度の保護規定すらなかったのだ。
従軍慰安婦とは、軍のための性的奴隷制以外のなにものでもなかったのである。
アベやモミイ、ハシゲなど、このような元慰安婦の心情や過去に寄り添う気持ちなどまったくないどころか、このような本さえ読みたがらないのだろう。



 

NHK会長

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2014年 1月26日(日)23時56分31秒
返信・引用
  今度NHKの会長となった籾井勝人とは学生時代、同じ大学で同じ学部だった。それで、卒業後のクラス会(10名ぐらいのメンバーではあるが)では一緒に酒を飲んだ仲でもある。三井物産では副社長までなったが、酒の席ではかってのクラスメートから、「商社マンにしてはお前の英語は聞いたこともないな」とどやされていたことがあった。
それほど親しい仲ではなかったが、米国三井物産社長になったときは、挨拶状を貰った記憶もある。

昨年末、次期会長に指名されてびっくりしたが、NHKニュースでの記者会見を見たときは、少なからずがっかりした。ついつい「オイ、オイ、もう安倍の傀儡かよ」とつぶやいてしまった。
なぜかと言うと、質問者が「安倍総理や自民党からNHKは従軍慰安婦や原発問題では偏った報道が多い、という批判がありますが、これについてどのように考えますか」。
これに対して籾井勝人は、
「要するに総理が言われていることは、(賛成意見も反対意見も)バランスよく報道せよ、と言うことだと思いますよ。」と言ってのけた。

私は、「こいつ、まったく分かっていないな」と思ったのだ。何故なら安倍や自民党は歴史修正主義的視点から、自分たちの考えているようなことを強調せよと言っているわけで、ジャーナリストというのは、何も中立を装うのではなくて、「何が真実か、何が正しいか」という視点から報道すべきなのだ。
それにジャーナリストとして最も大事なことは、権力を行使できる側を、権力のない国民を代表して、憲法で保障された「表現の自由」という権利を使って、権力の暴走をくい留める役目もある。

またこの男は、「週間新潮」で「NHKに限らず、テレビの報道は皆おかしい。反対派ばかりクローズアップし、不公平だ」とも述べていた。
籾井勝人が依拠する放送法が求める不偏不党はバランスをとる「中庸」を求めているのではない。
第一条(目的)には「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」とあり、目的は「表現の自由」の確保にある。

籾井が就任会見で述べた「放送法が第一」はまさに会長自身が問われているのだ。国家権力が望むのは問題提起をしない「花鳥風月のNHK」で、会長がそれを目指せば、安倍がNHK経営委員へ御用学者など4名もお友達を送っていることでもあり、「アベシンゾウサマのNHK」となってしまう。
学生時代、少しはかじったであろうマルクシズムのリベラル性を少しだけでも思い出してほしいものだ。
 

日本の役所は「飛んで火に入る夏の虫」

 投稿者:ねこ  投稿日:2013年 9月21日(土)01時06分3秒
返信・引用
  日本の役所は「飛んで火に入る夏の虫」
http://book.geocities.jp/japans_conspiracy/02/p009.html#page106
最もわかりやすい事例は、「特許局」だ。
ここでは、発明家が特許を申請すると、新発明に該当するかどうか、
慎重に審査されると言う。
だが、私は、特許の成功を直接聞いたことがない。
特許局が支配者階級の封建制度の時代から、何ら革命的変遷も経ずに、
一貫して続いているということは、封建制度のインチキが、
より大規模に行われていることを意味する。
つまり、特許事務官は、すぐに一族の誰かの名前で、
数か月さかのぼった申請書を偽造する。
そして、当の本人には、
「残念でしたね。あなたの特許は、既に同類のものが受理されています。
次の機会を頑張ってください。」
などと、ほめ殺す。
これだけではない。警察から病院に至るまで、この種のインチキは、
完璧なまでに出来上がっている。
笑いが止まらないはずだ。
政府・特許庁が何の反論もしないことが、それを証明している。
(仮説を含む)
( http://book.geocities.jp/japan_conspiracy/0102/p001.html )
 

ロレックス腕時計

 投稿者:ロレックス腕時計  投稿日:2013年 5月14日(火)12時03分34秒
返信・引用
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「メディアの破壊者・読売新聞」書評

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2013年 1月 6日(日)23時35分41秒
返信・引用
  前にも書いたような気がするが、読売新聞社のドン、通称ナベツネこと渡邉恒雄会長は御歳86歳であるが、学生時代は東大細胞の学生党員(共産党員)だった。あるとき、雑誌記者が「若い時会長は共産党党員だったそうですね。どういう理由で党員になったのですか?」と尋ねたところ、ナベツネは「今頃そんなことは聞くな。俺だって若い頃は正義感に燃えていたのだ」と答えたそうな。
ということは自称1000万部の購読者を誇る大新聞社の絶対的な権力者であるこのお方は、現在は正義感はきれいさっぱりと捨てちゃったということか。自称でもいいが、ジャーナリストたるもの正義漢的思考とスタンスを持つことは少なくとも必要な資質だと思うのだが。

私はどんなに素晴らしい頭脳と見識を持っている人間でも、ある組織で30年間近くに渡って絶対的な権力を持つことは、かならずやその組織に弊害や腐敗、硬直性を持ちこむと思っている。ましてや正義や民主主義を標榜しなければならないメディアの代表格の大新聞社なのだ。ナベツネが読売の中に居座り続けている現実は、「アラブの春」で追放された中近東の絶対君主よりも始末が悪い。読売の中から「引退」を勧告する動きさえないのなら、読売の記者や編集者自身が、とっくにジャーナリストとしての気構えと精神を喪失していると思われる。

私は現職時代は職場で読売と日経を取っていたのでよく読んでいたが、最近は図書館でたまに読むぐらいだ。それでも、ナベツネの思うがままに支配されているこの新聞を読むと、まともな記事でさえ、どうしても「斜め読み」になってしまう。特に相変わらずの原発推進の論調は、いつ読んでも原発の利便性や原発無き場合の負の側面だけを強調している気がしてならない。
このような読売であっても、ナベツネが権力者になる前までは、読売の中にも反骨のあるまさにジャーナリストそのものと思われるような人が在職していた。
4年前、この掲示板で紹介した「我、すねものとして生涯を閉ず」の著者である「本田靖春」さん、幾多の特ダネを掴み、政界や企業、検察内部の腐敗を糾弾した伝説的な(黒田グループを率いた)大阪読売の社会部長・黒田清さん、現在、「人権問題」で東西奔走している山口正紀さん、いずれもナベツネが社長、会長時代に彼と対立して辞めていった人たちである。
ナベツネが相変わらず血気盛んなのに比べて上記2人はすでに故人となられている。「悪い奴ほど長生きする」という見本なのか。

さて、少々前書きが長くなってしまったが、今年最後の本の紹介は、その読売新聞社内のナベツネ独裁を論じた本である。
日本三大老害と言われる「ナカソネ」、「ナベツネ」、「シンタロウ」の中ではナベツネ、シンタロウはご存知のように暴走老人の面目躍如たるご活躍なのだ。

「メディアの破壊者・読売新聞」
清武英利・佐高信 編著(七つ森書館)

昨年の11月、巨人軍球団の代表であり、オーナー代行だったにもかかわらず、巨人軍のコーチ人事でナベツネの横やりに反論した為に、代表を解任された清武英利と辛口評論家で有名な佐高信の対談が本書の多くを占めている。
朝日新聞がリークした巨人軍の野球規約に抵触する莫大な契約金上乗せで有名選手を入団勧誘させていた事件や今年のシーズン中に話題になった巨人監督・原の女性問題で暴力団から1億円を強請られていたスキャンダルなどの事実や事件は、全て清武がその情報源と見られて、読売から告訴され、また読売関係のメディアから言われなき中傷にさらされている実態がある。

内容や事実経過が当事者のご本人からの発言ではあるが、どんなに割り引いて解釈しても、具体的なこと細かな内容に触れると、「こりゃ、ひどいものだ。大新聞の大メディアの傲慢さと権力の乱用以外のなにものでもない」というのが私の読後感である。そしてスラップ訴訟(注)など恥じるべきことまでやる読売のやり方の根源がナベツネの意向に沿ったものであるのだ。
本書で私は「忖度族」とか「忖度人間」なるものの存在と呼び名を知った。どういうことかと言うと、ナベツネのような30年近く権力をほしいままにする絶対君主がいると、そこに属する人間は、仮にその君主が直接、指示したり、命令したりしなくても、部下はその権力者の意向や考えを忖度して物事を進めていく、というものだ。
例えば、ナベツネの親族が勤めている企業の問題を書いてはいけないと、そのデスクが言う。でも、「それは誰が言ったか」と聞くと、はっきりとした答えは返ってはこない。
やはりナベツネと対立して辞めた前澤元論説委員は、ナベツネの読売新聞独裁を自著「表現の自由が呼吸していた時代」の中で、痛烈に批判している。
『メディアのトップや幹部が権力と癒着し、あるいは権力そのものを志向すれば、それはジャーナリズムの衰退を招かざるをえない』
『新聞社の主筆が、社会や社内の意見に耳を貸す姿勢に欠け、ひとりほしいままに社論を操るならば、傲慢のそしりを免れない』

このようなナベツネであるにもかかわらず、「読売新聞社社報」(2002年7月発行)には自らこんな言葉を載せている・
『新聞は昭和26年の日刊新聞紙法や、独禁法の特例としての再販制度や、公選法その他いくつかの法規で、その特権が守られています。
それはこの国の民主主義を支える言論の自由と独立を守る為に与えられた特権であって、新聞は特定の人物の私有物であってはなりません。公私混同は許されません。そのことは、現在経営陣にいる我々も、鉄則として守らねば成らないことです』
まあ、「何をかいわんや」と言いたいものだ。

本書は、パート2として「読売新聞は言論機関たりえるか」というテーマで、魚住昭(元共同通信社記者、ジャーナリスト、著書に『特捜検察、渡邉恒雄 メディアと権力』などがある)と佐高信との対談。別に清武英利と大塚将司(日経新聞者入社、著書に『死に至る会社の病、新聞の時代錯誤』などがある)との対談が載っている。いずれも、表面には出にくい読売の常識外れの言論封殺や自分たちに歯向かう人や組織への呵責なき弾圧を明らかにしている。

最後のパート3は「七つ森書館vs読売新聞」。
これは本書の発行元でもある七つ森書館を訴えた読売の理不尽な行為を告発している。まさに清武を訴えたのと同様、スラップ訴訟そのものであろう。
巨人代表を清武が解任されるずっと前、清武が社会部長の頃に、読売社会部清武班が『会長はなぜ自殺したか──金融腐敗呪縛の検証』という出色の記事(シリーズもの)を読売新聞に載せた。今年、佐高信が選者となって「ノンフィクション・シリーズ“人間”」の企画の一つとして、これが選ばれ、七つ森書館が読売との正式の契約書を交わしたあと、出版しようとした。ところが、途中清武が解任されたために、清武主導のこの本の出版にいちゃもんをつけ、挙句の果てにこの出版を阻止するために、わずか5名の小出版社・七つ森を訴えたのだ。
言論を売る新聞社が、ペンではなく司法に一種の「嫌がらせ」をするという自殺行為に及んだのはなぜか。読売という問題、メディアとは何かを問い、小さなアリが巨象に挑む経過や、この裁判がいかに理不尽なものかを詳しく経過報告している。

今更ながら、読売新聞、はてはナベツネに支配されたこの大新聞社がすでにジャーナリストとしての本分も品性も喪失している実態を明らかにする書でもある。

ジャイアンツフアンを含め、読売新聞を購読している方々にはぜひ読んでほしいものである。

注)スラップ(英 SLAPP, Strategic Lawsuit Against Public Participation、威圧的、恫喝的訴訟 直訳では「対公共関係戦略的法務」)は、訴訟の形態の一つで、公の場での発言や政府・自治体などの対応を求めて行動を起こした権力を持たない比較弱者に対して、企業や政府などの優越者が恫喝・発言封じなどの威圧的、恫喝的あるいは報復的な目的で起こす訴訟である。弱小被告はこの裁判のために時間をつぶされ、費用では莫大な出費を強いられる。




 

選挙が終わって

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2012年12月21日(金)01時06分33秒
返信・引用
  3年前民主党政権になってから、この政権に対しては私にとっても不満たらたらで期待はずれなことが多すぎた。だがすぐさま結果が出ないのは、「天文学的な国家の財政赤字、沖縄問題(普天間基地の移設問題など)、原発、少子化、経済不況などの大きな政治課題はそのほとんどがそれまでの永年の自公政権のつけがたまっていたせいである」と思うことでいくらかは民主党政権への同情心もあった。
それに情報公開や財源捻出の仕分け作業、少子化対策、外務省などが係った密約問題、非正規雇用への取り組み、障害者が廃棄を求めた「障害者自立支援法」への対処、貧困・格差への政策などは、自公政権時よりは格段にいいことをやっていたし、自民党よりもよほど国民の目線でなされたものだったと思っていた。
「コンクリートから人へ」のスローガンは必ずしも実現できなかったが、少なくともそういう視点は自民党政権時には見られなかったことだ。

それゆえ、内心はそれまでの自民党政権よりは、比較すればよほどいいはずだと思っていたが、今回の総選挙の結果は、あまりにも失望した。いや失望よりも絶望したと言ったほうがいいかもしれない。多くの国民がかならずしも自民党を支持したわけでもないのに(比例区での自民党への投票率は26%だったとか)、なんで自民党だけで過半数を大幅に上回ったのだ。
もう昨日から新聞もテレビのニュースもまったく見る気がしない。

そんな絶望的な心境の昨日今日であるが、そんな時「新潮45」という月刊誌の宣伝を見た。それには、
特集として、「日本政治への正しい絶望法」(今度の選挙は自民の圧勝で終わったが、選挙の度に劣化していく政治。再生のためには、まずは正しく絶望することである)とのタイトルが載っていた。
そして、その内容の中心は、
* 安倍晋三は本当に宰相の器か・・・岩見隆夫
* 政治は国民の反映である・・・・・養老孟司
* こんな日本じゃ死ぬに死にきれない・・・辻井喬
というテーマで3人の識者が論じているらしい。

最初の筆者である岩見さんは以前は毎日新聞の論説委員で、今は政治評論家をやっているぐらいしか知らない。どういう主旨でこのようなテーマにしたかもわからない。だが、安倍晋三というのは、麻生太郎みたいに漢字が読めない頭の悪さではなく、もともと認識力、理解力、判断力、想像力がない。頭の回転が悪い。切れ味がない、しゃべるのでさえ「てにをは」などの使い方がデタラメである。という意味で頭が弱いというのが私の見方だ。今回の選挙応援でしゃべっていたことなど、よく分析すれば、まさにオツムの弱さを暴露しているだけだった。それゆえ、こんな男が首相になったら、世界の笑いものになるだろうし、5年前の首相のときに「教育基本法」を改悪した罪状もあるようにとんでもないことをやったりするかもしれない。
昔、私が会社時代に組合活動やっていた仲間(今はほとんど退職しているが、時々集まっては酒を飲んだり、たまにはデモや講演に行ったりしている)で忘年会をやった。そのとき、「また安倍政権になるのは間違いないだろうが、もともとそんな器ではないし、多分あの脳みそでは1年ぐらいでボロがでてくるだろう」というのが集まった連中の多くの見方だった。

二番目の養老猛司さんはご存知ミリオンセーラーだった「バカの壁」の著者で医学者である。私はこの本はまったく評価しないが、「政治は国民の反映である」という意味は、私がよく引用する世界的に有名な政治学者(名前は忘れました)が、「その国の政治のレベルはその国の国民の民度と意識に比例する」という主旨と同じようだったら、おおいに興味を惹く。

三番目の辻井さんは西部百貨店グループ(セゾングループ)の会長だった人で著名な作家・詩人でもあり、一貫して憲法擁護論者でもある。
「こんな日本では死んでも死にきれない」という心情は、今の私の気持ちでもある。もともと文学者としても高く評価しているので、この文章は、この三つのなかでももっとも読んでみたいものだ。

実を言えば、今日の予定がキャンセルになり、時間ができたので、図書館でこの雑誌を読もうとでかけた。だが、残念ながら先に読んでいる人がいて2時間ぐらい別の本を読みながら待っていても、なかなかその雑誌を手放そうとしない。それで今日は諦めて帰宅したところである。


 

うんざりするメディア状況

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2012年11月21日(水)23時31分55秒
返信・引用
  最近は新聞のほうはよく読んでいるが、テレビのニュースはまったく見る気がしなくなった。
いつもながらのシンタロウやハシシタかハシゲか知らんが、胡散臭い連中が我が物顔でテレビの画面いっぱいに出てくるのを見ると、吐き気をもよおすのだ。以前はいくらか余裕があって、こんな顔でもムシズが走る程度ではあったが、今はとてもダメ。よくもまあ、こんな見かけだけで内容がなく、実績もなく、支離滅裂でカッコつけるだけの男が、なぜにこんなにメディアに登場するのか。
小泉以降、メディアの劣化現象は度々言われてきたことだが、最近はなお一層拍車がかかっているようである。

特にシンタロウである。都知事時代の13年間半、罪状だけでなにひとつ都民になるようなことはしていなく、あげくの果ては任期途中で知事職を投げ出す。こんな「傲岸不遜を絵に描いたような男」(作家辺見庸さんの評)を都知事にしたのは、われわれ都民なんだからわれわれにもその責任の一端はあるのだろう。

そしてこの2人だけではない。もう一人は、すでに首相にでもなったかのごとくしゃべっているあのオツムの弱い「安倍クン」である。
以前に何故この男がオツムが弱いかをとうとうと述べたことがあるが、昨日は早速オツムの弱いところを暴露してしまった。
まったく経済の「ケ」の字も理解できていないくせに「国債を日銀が直接買い取れ」とか「金融緩和を無制限にやる」とか「インフレターゲット」を設定するとか、戦後の狂乱インフレを再現させるようなことを平気で口にしている。
こんなオツムの弱い男が次期首相になる可能性が強いのだ。そしてシンタロウやハシシタなんかとひょっとすると一緒になって内閣を立ち上げるかもしれない。
そうなったら、本気になってこの日本を脱出する方法を考えたほうがいいかもしれない。

 

川口 ・ 朝霞 保健所 所長 尾嵜新平 天下り

 投稿者:川口 ・ 朝霞 保健所 所長 尾嵜新平 天下り  投稿日:2012年10月 5日(金)20時38分58秒
返信・引用
  朝霞保健所 兼 川口保健所 所長 尾嵜新平、処分を受けたにもかかわらず、
厚生労働省から、みずほ銀行へ 天下り。
( 読売新聞社:2002/04/03 03:14、 朝日新聞 2004 03/24 21:56 )

処分をうけたにもかかわらず天下りをするような人間は、子供たちの生命や健康にかかわる仕事をすべきではない。
即刻、解雇すべきでしょう。

朝霞保健所
〒351-0016 埼玉県朝霞市青葉台一丁目10番5号 電話048-461-0468

川口保健所
〒333-0842 川口市前川1丁目11番1号 代表 Tel:048-262-6111

埼玉県庁
〒330-9301 埼玉県さいたま市浦和区高砂3-15-1  Tel:048-824-2111

引用:
http://ameblo.jp/corruptionjapan/
http://www.city.kawaguchi.lg.jp/ctg/20050041/20050041.html
http://www.pref.saitama.lg.jp/uploaded/attachment/437420.pdf
http://www.play21.jp/board/formz.cgi?action=quote&resno=4402&id=kosodate&quo=44021315310392&lognum=12




以下、引用

BSE調査報告「農水省に重大な失政」[読売新聞社:2002/04/03 03:14]

 BSE(牛海綿状脳症=狂牛病)問題の行政対応を検証する調査検討委員会(農水、厚生労働両大臣の私的諮問機関、委員長・高橋正郎女子栄養大大学院客員教授)は2日午後、農水省の過去の対応を「重大な失政」などとし、両省に「連携不足」があったとする最終報告書をまとめ、武部農相、坂口厚労相に提出した。両大臣はこれを受け、自らの給与を一部返納するとともに、幹部の減給など計16人の処分を発表した。

 農相は「今後とも農水省改革に取り組む」と述べ、当面辞任する考えがないことを明らかにした。一方、小泉首相は同日、食品安全確保に関する新たな法整備や行政組織を設置するための関係閣僚会議を設けて今夏をめどに具体案を作成するよう両大臣に指示した。

 報告書は、1996年に感染源とされる肉骨粉の牛への使用禁止を行政指導にとどめた点を「重大な失政といわざるをえない」と断じ、BSE発生の可能性を警告しようとした欧州連合(EU)の評価を昨年6月に無視したことについて、「政策判断の間違いだった」などと指摘、過去の行政対応を厳しく批判した。

 さらに、農水、厚労両省の連携について、「農水省は厚労省との十分な協議を行わず、厚労省は明確に意見を言わなかった」と縦割り行政の弊害をあげたうえで、「常に生産者の目先の利害を政策判断の基準にしてきた」とした農水省への権限集中がチェック機能の不在を招き、「最悪の結果を招いた」と断じた。

 そのうえで、「消費者保護」を基本とした食品の安全を確保するため、新たな法律の制定や、欧州の食品安全機関を参考に、健康に悪影響を及ぼす危険性を科学的に評価する「リスク評価」機能を中心とした食品安全行政機関の設置を求め、「政府は半年をめどに成案を得て、必要な措置を講じるべきだ」と提言した。

 しかし、原案で「農水省の政策決定に最も大きな影響を与えている」と言及した「自民党を中心とした農水族議員」の表記が、「政治家の関与については委員会で議論されておらず、具体的な資料も提出されていない」との理由で、「国会議員、とりわけ農林関係議員」という表現に後退した。また、「政と官の癒着が政策決定の不透明性を助長してきた」との表現も「政と官の関係」などの記述に改められた。

 ◆農水、厚労両省が計16人を処分◆ 武部農相が2日発表した処分は、渡辺好明次官ら幹部12人を1―2か月の減給とする懲戒処分のほか、1月に退職した幹部職員の報酬などの自主返納、須賀田菊仁生産局長ら2人を事実上の注意処分に当たる訓告という内容になった。



 処分の対象は、英国でBSEが急増した1990年以降に対策にかかわった当時に、課長以上だった現職と、現在の管理責任者。 渡辺次官、竹中美晴農水審議官、田原文夫官房長、小林芳雄総括審議官の4人が減給2か月(10分の2)に、川村秀三郎経営局長ら8人が減給1か月(10分の1)となった。



また、武部農相が農相として受け取る給与の6か月分(約200万円)、遠藤武彦副大臣が3か月分(約96万円)をそれぞれ自主返納することも明らかにされた。このほか、肉骨粉の規制を行政指導にとどめた96年当時の畜産局長で、今年1月に退任した熊沢英昭前次官と永村武美前畜産部長のOB2人から現役時代の給与返上の申し入れがあり、計218万円が返納されることになった。



 厚生労働省では、近藤純五郎次官と 尾崎新平 食品保健部長 が文書による厳重注意処分を受けた。坂口厚労相も、厚労相として受け取る給与を2か月(約40万円)、近藤次官と尾崎部長が俸給の10%を1か月、自主返納する。



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天下り、昨年は課長・室長以上は78件 前年より増 [朝日新聞 2004 03/24 21:56)]

人事院は24日、03年に民間企業に再就職した国家公務員に関する年次報告(天下り白書)を国会と内閣に提出した。

人事院が審査・承認する課長・室長級以上の天下りは78件で、前年より19件増えた。就職に至る経緯では、「官のあっせん、仲介」が56%にあたる44件で最も多く、以下、「自発的就職活動、知人の紹介」21件(27%)、日本経団連と人事院の仲介による「公正な人材活用システム」9件(12%)だった。



省庁別に見ると、財務省が13件で最も多く、経産省11件、国土交通省・国税庁各9件と続く。課長・室長級以上の天下りは97年に119件あったが、その後は承認基準が厳しくなったため、2けた台に収まっている。一方、各省庁が承認する課長・室長級に満たない職員の天下り件数は731件で、前年より6件増えている。





 《03年の主な天下り(敬称略)》



省庁   氏名    最終官職        再就職先



内閣府 小林勇造  審議官           野村総合研究所顧問

警察庁 秋山征司  情報通信局長 東京電力情報通信事業部顧問

      小堀豊   九州管区警察局長  東京航空計器顧問

金融庁 木戸久男  検査局検査監理官  産業再生機構コンプライアンス室長

法務省 樋口昭吉  官房厚生管理官 松下電器産業パナソニックシステムソリューションズ社顧問

財務省 筑紫勝麿  造幣局長        サントリー顧問・同常務

     浦西友義  官房参事官       東京証券取引所執行役員

     矢野和之  中国財務局長     エクセル会長

     小野修一  沖縄地区税関長    三菱倉庫横浜支店顧問

国税庁 余田幹男  徴収部長        ダイナシティ監査役


厚労省 尾嵜新平  食品保健部長     みずほ銀行顧問(医師)



       堀之内敬  九州厚生局長      ジブラルタ生命保険顧問

       岩田喜美枝 雇用均等・児童家庭  資生堂顧問局長

農水省 谷萩真一  北陸農政局長      海外貨物検査管理部参与

経産省 浦嶋将年  内閣府官房審議官   鹿島企画本部経営戦略室長

      川口幸男  中小企業庁経営支援  住友金属鉱山技師長部長

      沖田誠治  四国経済産業局長   神戸製鋼所開発企画部長

      安達俊雄  内閣府政策統括官   シャープ理事 資源エネルギー庁

       河野博文  長官     ソニー社外取締役、タジマツール監査役

特許庁 太田信一郎 長官           損害保険ジャパン顧問

     釼持和雄  国際出願課長      NTTデータテクノロジ・システム統制部担当部長

     木村育郎  会計課長         富士電機技術企画部理事

国交省  新村長正 福岡航空交通管制部長 福岡給油施設福岡空港事業所顧問

海上保安庁 尾崎誠一 首席監察官     三菱電機社会インフラ事業本部嘱託

 

川口 ・ 朝霞保健所 所長 尾嵜新平 天下り

 投稿者:川口 ・ 朝霞保健所 所長 尾嵜新平 天下り  投稿日:2012年10月 1日(月)20時14分3秒
返信・引用
  朝霞保健所 兼 川口保健所 所長 尾嵜新平、処分を受けたにもかかわらず、
厚生労働省から、みずほ銀行へ 天下り。
( 読売新聞社:2002/04/03 03:14、 朝日新聞 2004 03/24 21:56 )

処分をうけたにもかかわらず天下りをするような人間は、生命や健康にかかわる仕事をすべきではない。
即刻、解雇すべきであろう。

朝霞保健所
〒351-0016 埼玉県朝霞市青葉台一丁目10番5号 電話048-461-0468

川口保健所
〒333-0842 川口市前川1丁目11番1号 代表 Tel:048-262-6111

埼玉県庁
〒330-9301 埼玉県さいたま市浦和区高砂3-15-1  Tel:048-824-2111

引用:
http://ameblo.jp/corruptionjapan/
http://www.city.kawaguchi.lg.jp/ctg/20050041/20050041.html
http://www.pref.saitama.lg.jp/uploaded/attachment/437420.pdf
http://www.play21.jp/board/formz.cgi?action=quote&resno=4402&id=kosodate&quo=44021315310392&lognum=12




以下、引用

BSE調査報告「農水省に重大な失政」[読売新聞社:2002/04/03 03:14]

 BSE(牛海綿状脳症=狂牛病)問題の行政対応を検証する調査検討委員会(農水、厚生労働両大臣の私的諮問機関、委員長・高橋正郎女子栄養大大学院客員教授)は2日午後、農水省の過去の対応を「重大な失政」などとし、両省に「連携不足」があったとする最終報告書をまとめ、武部農相、坂口厚労相に提出した。両大臣はこれを受け、自らの給与を一部返納するとともに、幹部の減給など計16人の処分を発表した。

 農相は「今後とも農水省改革に取り組む」と述べ、当面辞任する考えがないことを明らかにした。一方、小泉首相は同日、食品安全確保に関する新たな法整備や行政組織を設置するための関係閣僚会議を設けて今夏をめどに具体案を作成するよう両大臣に指示した。

 報告書は、1996年に感染源とされる肉骨粉の牛への使用禁止を行政指導にとどめた点を「重大な失政といわざるをえない」と断じ、BSE発生の可能性を警告しようとした欧州連合(EU)の評価を昨年6月に無視したことについて、「政策判断の間違いだった」などと指摘、過去の行政対応を厳しく批判した。

 さらに、農水、厚労両省の連携について、「農水省は厚労省との十分な協議を行わず、厚労省は明確に意見を言わなかった」と縦割り行政の弊害をあげたうえで、「常に生産者の目先の利害を政策判断の基準にしてきた」とした農水省への権限集中がチェック機能の不在を招き、「最悪の結果を招いた」と断じた。

 そのうえで、「消費者保護」を基本とした食品の安全を確保するため、新たな法律の制定や、欧州の食品安全機関を参考に、健康に悪影響を及ぼす危険性を科学的に評価する「リスク評価」機能を中心とした食品安全行政機関の設置を求め、「政府は半年をめどに成案を得て、必要な措置を講じるべきだ」と提言した。

 しかし、原案で「農水省の政策決定に最も大きな影響を与えている」と言及した「自民党を中心とした農水族議員」の表記が、「政治家の関与については委員会で議論されておらず、具体的な資料も提出されていない」との理由で、「国会議員、とりわけ農林関係議員」という表現に後退した。また、「政と官の癒着が政策決定の不透明性を助長してきた」との表現も「政と官の関係」などの記述に改められた。

 ◆農水、厚労両省が計16人を処分◆ 武部農相が2日発表した処分は、渡辺好明次官ら幹部12人を1―2か月の減給とする懲戒処分のほか、1月に退職した幹部職員の報酬などの自主返納、須賀田菊仁生産局長ら2人を事実上の注意処分に当たる訓告という内容になった。



 処分の対象は、英国でBSEが急増した1990年以降に対策にかかわった当時に、課長以上だった現職と、現在の管理責任者。 渡辺次官、竹中美晴農水審議官、田原文夫官房長、小林芳雄総括審議官の4人が減給2か月(10分の2)に、川村秀三郎経営局長ら8人が減給1か月(10分の1)となった。



また、武部農相が農相として受け取る給与の6か月分(約200万円)、遠藤武彦副大臣が3か月分(約96万円)をそれぞれ自主返納することも明らかにされた。このほか、肉骨粉の規制を行政指導にとどめた96年当時の畜産局長で、今年1月に退任した熊沢英昭前次官と永村武美前畜産部長のOB2人から現役時代の給与返上の申し入れがあり、計218万円が返納されることになった。



 厚生労働省では、近藤純五郎次官と 尾崎新平 食品保健部長 が文書による厳重注意処分を受けた。坂口厚労相も、厚労相として受け取る給与を2か月(約40万円)、近藤次官と尾崎部長が俸給の10%を1か月、自主返納する。



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天下り、昨年は課長・室長以上は78件 前年より増 [朝日新聞 2004 03/24 21:56)]

人事院は24日、03年に民間企業に再就職した国家公務員に関する年次報告(天下り白書)を国会と内閣に提出した。

人事院が審査・承認する課長・室長級以上の天下りは78件で、前年より19件増えた。就職に至る経緯では、「官のあっせん、仲介」が56%にあたる44件で最も多く、以下、「自発的就職活動、知人の紹介」21件(27%)、日本経団連と人事院の仲介による「公正な人材活用システム」9件(12%)だった。



省庁別に見ると、財務省が13件で最も多く、経産省11件、国土交通省・国税庁各9件と続く。課長・室長級以上の天下りは97年に119件あったが、その後は承認基準が厳しくなったため、2けた台に収まっている。一方、各省庁が承認する課長・室長級に満たない職員の天下り件数は731件で、前年より6件増えている。





 《03年の主な天下り(敬称略)》



省庁   氏名    最終官職        再就職先



内閣府 小林勇造  審議官           野村総合研究所顧問

警察庁 秋山征司  情報通信局長 東京電力情報通信事業部顧問

      小堀豊   九州管区警察局長  東京航空計器顧問

金融庁 木戸久男  検査局検査監理官  産業再生機構コンプライアンス室長

法務省 樋口昭吉  官房厚生管理官 松下電器産業パナソニックシステムソリューションズ社顧問

財務省 筑紫勝麿  造幣局長        サントリー顧問・同常務

     浦西友義  官房参事官       東京証券取引所執行役員

     矢野和之  中国財務局長     エクセル会長

     小野修一  沖縄地区税関長    三菱倉庫横浜支店顧問

国税庁 余田幹男  徴収部長        ダイナシティ監査役


厚労省 尾嵜新平  食品保健部長     みずほ銀行顧問(医師)



       堀之内敬  九州厚生局長      ジブラルタ生命保険顧問

       岩田喜美枝 雇用均等・児童家庭  資生堂顧問局長

農水省 谷萩真一  北陸農政局長      海外貨物検査管理部参与

経産省 浦嶋将年  内閣府官房審議官   鹿島企画本部経営戦略室長

      川口幸男  中小企業庁経営支援  住友金属鉱山技師長部長

      沖田誠治  四国経済産業局長   神戸製鋼所開発企画部長

      安達俊雄  内閣府政策統括官   シャープ理事 資源エネルギー庁

       河野博文  長官     ソニー社外取締役、タジマツール監査役

特許庁 太田信一郎 長官           損害保険ジャパン顧問

     釼持和雄  国際出願課長      NTTデータテクノロジ・システム統制部担当部長

     木村育郎  会計課長         富士電機技術企画部理事

国交省  新村長正 福岡航空交通管制部長 福岡給油施設福岡空港事業所顧問

海上保安庁 尾崎誠一 首席監察官     三菱電機社会インフラ事業本部嘱託

 

消費増税よりも金持ち・大企業優遇税制の是正を!!

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2012年 8月28日(火)21時38分51秒
返信・引用
  消費増税よりも金持ち・大企業優遇税の見直しを!!

首相ノダが「政治生命を賭けても」とまで意気込んでいた「消費税増税」が現実的になった。あれほど対決していた自民党、公明党との大談合で衆議院を通過し参議院でも採決される可能性が強まったノダ。
それも「税と社会保障の一体改革」と繰り返し言っていたにもかかわらず、社会保障の方は自公との取引(消費税増税採決)を優先したためにほとんどが先送りされてしまい、税制改革はこれまたほとんどが消費税だけの増税になったままである。
小沢一派は民主党マニフェスト違反ということで離党したが、とってつけたような小沢の言い方はあるものの、政党、政治家の理屈から言えば、ノダの凝り固まった脳ミソよりもよほど筋が通っていると考えるノダ。
消費増税の亡霊に取り付かれた感のある最近のノダの言動を見ると、なんだか財務省や財界の言いなりになってしまった走狗か、傀儡、召使ではないかと思われるノダ。
そして一方では首相・ノダは「分厚い中間層の拡大を!」などと矛盾するようなことを平気で口にしているノダ。

私がこれほど首相・ノダをこき下ろすのは、少なくとも永年政治家をやり、鳩山内閣の時は、財務省の副大臣、菅内閣の時は財務大臣となっていながら、今の日本の税制がいかに金持ち優遇、大企業優遇になってきたかの認識がないことだ。70年代以降、いかに不公平な税制に改悪されてきたか、少しぐらい勉強しろと言ってやりたいノダ。

私が言いたいのは、簡単に言えばただひとつ。
「現在のような格差社会、不景気な時代には消費増税というのは、ますます格差を増長し、内需を冷えさせ景気の回復を遅らせる。消費増税よりも、金持ち優遇、大企業優遇の税制を(金持ちに一番厳しかった70年代までとは言わないが)せめて80年代の税制に還せば、現在の収入規模からして、26兆円(消費税で言えば12%ものアップに等しい)もの税収アップになるノダ」

それにこれらの税制の変更でいかに金持ちが増え、中小企業が衰え大企業が内部留保を激増させてきたか、数字や統計上でも明らかであり、現実の日本社会の実態、環境、将来の日本のあり方から言っても消費税を俎上に乗せるよりも、まずは格差社会を到来させた現在の税制にこそ大ナタを振るうべきである。

それに腹がたつのは、政治家、経済学者、財務官僚が言う消費増税に波長を合わせるように、マス・メディア全体が、現状の国家財政の天文学的赤字を是正していくには、消費税増税しか方策がない、と言うような論調であることだ。財界や億万長者ならいざ知らず、メディアは世論を先導していく影響力があり、このような方向しか述べないメディアの責任は重大である。

ともかく私は今回の32号では「消費増税はまったく必要ない。それよりも金持ち優遇税、大企業優遇税の見直しを!」としっこく主張していきたい。

* 今、億万長者が激増している!
福島原発の事故以来、問題になっている東電の社長の年収は(事故以前は)7200万円である。そして4000万円以上をもらっていた役員はなんと25人もいた。これらの報酬を含めた経費や資産に一定の比率で利益を上乗せしてはじく総括原価方式(自分たちの役員報酬を増やせば増やすほど会社としての利益も増えるというバカみたいな料金の決め方である)で電気料金は決められていた。営業努力も合理化もする必要もない電力会社の役員にこれだけの報酬を電気料金から与えられていたというのは、まったく言語道断ではないか。東電について語るのは今回の趣旨ではないのでこのままにするが、信じられないことに、現在、日本には東電の社長と同じような報酬を得ている人が5万人もいるのである。それも毎年増え続けているのである。
国税庁の資料によると、5000万円以上の報酬をもらっている人は、1999年には8000人ちょっとだったのが、2008年には約2.5万人に達している。   この国税庁の統計資料は、給与所得者のみを対象としており、自営業者、配当所得者などは含まれていない。
一方同じく国税庁の確定申告データによると個人事業者の年収5000万円以上の者は、この10年間(1999年から2008年まで)でなんと13倍になっている。
また個人投資家の億万長者も激増している。個人投資家は申告の必要がないので、国税庁には申告データがない。しかし、企業の配当金の額がこの10年間で4倍になっているので、その収入を受け取っているはずの個人投資家も相当収入が増えているはずなノダ。
これらを含めれば最低でも5000万円以上の年収のある者は5万人を超えると推測されている(NPO“不公平税制を考える会”によれば)。
高額所得者と言うのは、収入に余裕があるので、貯蓄に回す金額が大きい。日本には個人の金融資産が1400兆円もあるということは、この大半はこれらの資産家、高額所得者が持っているものと考えられている。

では何故このように億万長者が増えていったか。それは1970年代以降、税制が金持ち優遇に変えられていったことの要因が大きい。
具体的にその税率の変転を見てみよう。
所得税の税率刻みは1974年当時19区分あり、所得税・住民税合わせた最高税率は93%であった。それ以降、1984年は15区分で最高税率は88%、1987年は12区分で78%、1988年は6区分で76%、1989年5区分で65%、1999年は4区分で50%、現在は6区分、最高税率50%となっている。つまり、区分も税率も減じられて金持ちにとってはホクホクするような優遇税制が一段と進められてきたノダ。

住民税も06年度税制改定により、それまでの3区分の累進税率(5%、10%、13%)が廃止となり一律10%となった。これによって、国民の約6割は5%の住民税支払いで済んでいたのに、一挙に10%の負担になった。

03年度の改定では、新たな「証券税制」を採用した。上場株式の配当や売買益所得については他の所得と切り離し、いくら所得があっても所得税7%、住民税3%である。
この恩恵で08年の「自社株配当長者ランキング」のトップである山内博(任天堂相談役)は81億円もの減税になったノダ。鳩山家の母親(ブリジストン創立者の長女)が息子の鳩山兄弟へ年間数億のお小遣をあげることでマスコミを賑わしたことがあったが、数十億の株配当金の税金が50%から10%になった恩恵に属したことは言うまでもない。

相続税を見てみよう。
相続税の税率は、02年までは10%、15%、20%、25%から出発し、各相続分が5000万円~1億円=30%、1億円~2億円=40%、2億円~4億円=50%、4億円~20億円=60%、20億円以上=70%だった。
ところが03年から10%、15%、20%から出発し、5000万円~1億円=30%、1億円~3億円=40%、3億円以上=50%となった。
つまり各相続人の法定相続分4億円から20億円の場合は10%、20億円以上の場合は20%もの巨額減税となったのである。

そして一方では1989年に消費税3%の新設、1997年には5%へアップ、2004年には子供が小さくて働きに出られない家庭にあった少子化対策としての「配偶者特別控除」が廃止され、2007年には低所得者層の負担を減らす為の「定率減税」が廃止されるといった具合に、中間層や低所得者層へのしわ寄せの税制が改悪されてきたのである。
逆に2006年小泉内閣では「役員ボーナス税制」を変えて、役員ボーナスに法人税を課せられなくしたため、大企業の役員はボーナスが激増した実態もある(小泉のときの5年間で役員報酬は2.6倍の増)。

政府は国民から文句が出ないことをいいことに、こういう税制を実行してきた。そして毎年の赤字財政になった。しかし、国民は文句を言わなかったのではなく、よく分らなかったのである。例えば「配偶者特別控除を廃止します」ではなく「子供が小さい家庭には4~5万円の増税をします」と言えば多くの子どもがいる世帯は大反対するはずである。

このように、昨今の税制改革の流れを見れば、見事なほど「金持ちに大減税」「中間層以下に大増税」となっているノダ。これで格差社会ができないはずはない。
年収200万円以下の人たちが06年には1000万人を超えた。パートや派遣労働者は、以前には珍しかった公務員や教育従事者にも広がり、今は全被雇用者の35%超にもなっている。

70年代以降、金持ちと大企業の税金が下げられてきたのは、金持ちと大企業が永く続いた自民党政権に「税金を下げろ」とうるさく要求し続けてきたからである。
戦後日本の税制は、金持ちや大企業には高い税金をかけてきた。
これは戦後日本統治機構の中心となったGHQ(連合国軍総司令部)の勧告(いわゆるシャウプ勧告)に基づくものである。戦前の日本は、富のほとんどが財閥に握られていたため、軍部が独走したのは、貧富の差の激しい国民の不満を吸収したからという認識があった。
この反省の下、戦後の日本社会はこのシャウプ勧告をベースにして金持ちや大企業に厳しい税金をかけてきたが、70年代に入ってそれが崩れ始める。金持ちや大企業にとってはシャウプの税制を変えることが永年の念願だったのである。
戦後40年を過ぎて日本は経済大国に成長し、国民は戦前の貧富の差を忘れ始めていた。そこで金持ちたちは自民党という保守政権をバックにして一気に税制を変えさせようと圧力をかけてきたノダ。
だから70年代後半から怒涛の勢いで大企業と金持ちの税金が下げられたのである。
とにかくこのような個人に課せられる税金を1988年の税率に還せば約12兆円が増収になると推定されているノダ。

それでは続いて大企業優遇税について述べる。
以下の表を見ていただきたい。
<表1>この9年間の会社員の平均給与 単位:千円
年度 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
金額 4610 4540 4478 4439 4388 4368 4349 4372 4296
           (国税庁・民間給与実態統計調査より)

<表2>近年の企業の内部留保(利益剰余金) 単位:兆円
年度   2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
剰余金  190  198 204  202  252 269  280
              (財務省企業統計調査より)

民間給与が下がり続けていくのと(表1)反比例するように、企業の内部留保金は増え続け、2012年現在では300兆円を超えていると言われている。そしてそのほとんどを持っているのは、ごく一部100社ほどの大企業である。
主な企業で言えば(2010年3月時点で)トヨタ13.86兆円、ホンダ7.78兆円、パナソニック4.17兆円、キャノン4.31兆円、三菱商事3.49兆円、など。それに驚くべきことには、総括原価方式を採用している電力会社の東電が3.27兆円、関西電力2.46兆円、中部電力2.10兆円とちゃっかり上位20社内に入っていたノダ。
この表でも分るように、バブル崩壊以降、会社員の給料を下げ、リストラを敢行しつつも、大企業はしこたま内部留保を増やしてきたノダ。
内部留保金というのは、簡単に言えば、企業の純利益のうち、配当や役員給与、法人税などを支払った残りの金額のことである。つまり企業にとっては貯蓄ということになる。
この300兆円の内部留保金がどれだけ大きなものであるか、普通の人にはなかなかピンとこないものだろう。これは実は異常値と言える額なノダ。
例えば、米国の企業の手元資金は2010年末の時点で162兆円となっている。そしてこの米国の162兆円というのは世界的にも決して少なくない金額である。
米国の経済規模は日本の2倍である。その米国の2倍も内部留保金を持っていることは米国の4倍の内部留保金を持っているということである。

それでは一部大企業が、何故これほどまでの莫大な金額を社内留保できたかである。
この大きな要因はやはり法人税や消費税の様々なからくりにあるノダ。
まず法人税について述べる。
法人税率は84年当時は43.3%であったが、現在は30%まで下がっている。法人地方税は10%で変わらない。法人税は30%の比例税率を採用しており、所得税のようには累進課税にはなっていない。比例税率は純益の大小に関係なく、一律の税率が適用になる。法人税の課税所得(所得と言うことばは誤解されがちだが、法人税というのはあくまで儲かった利益に対して課税される)が1億でも100億円でも30%であり、負担能力を考えていない。私の考えでは、税の応能負担原則からいけば、法人税率は少なくとも10%から40%までの段階による累進課税にすべきだと考える。それにこのような不公平税制の税率の引き下げは中小企業こそが要求すべきであろう。
米国では35%の基本税率の下で15%、25%、34%の軽減税率を有する超過累進構造を採用し、中小法人の税負担の軽減をしている。

法人税については、日本の巨大企業はこのような比例税率に加え、他に数多くの企業優遇制度を受けている。租税特別措置という世界的に類のない実質的な減税措置であり、OECD(経済開発機構、先進国34カ国加盟)から「日本の税制が最も不公平な税制度」と指摘(2008年勧告)されているノダ。
ちなみに、この租税特別措置などを廃止、是正したら、軽く13兆円は増収になると言われている(NPO不公平税制を考える会)。
租税特別措置の内容について言えば、株式発行差金、引当金制度、準備金制度であり、連結納税制度、各種控除などであり、「毎日新聞」の調べでは国税が310、地方税が338、合計648種類もあると報じている。そしてそのほとんどが大企業を優遇する税制である。
各種控除には中でも外国税額控除は特にひどい制度だ。内国法人(国内に本店などがある法人)が外国に支店などを設置すると、その支店が生む利益について、外国でも日本の法人税にあたる税(外国税)がかかる。外国税額控除は法人税額から外国税額を控除する制度である。いわゆる発展途上国の国々では、外国企業や資本の導入を図るために税の減免を行っている。海外進出企業は税の軽減や免除を受けたうえ、実際には払ってもいない税金まで支払ったものとみなされて、日本の法人税から差し引かれる。
これが「みなし外国税額控除」である。
他には大企業ほど、研究施設や新商品開発のための資材など多くを持っているが、これらも控除の対象になり、この恩恵に属しているのは、いうまでもなくトヨタやキャノンなどのグローバル企業や商社である。

今年3月の決算では「双日」を除けば5大商社は軒並み1000億円以上の経常利益を上げている。それにもかかわらず、法人地方税を含めれば最大40%払わねばならないところ、実際に払った法人税は、最大手の三菱商事は8.10%、三井物産は9.3%という始末なノダ。
他のグローバル企業で言えば、ソニー12.9%、トヨタ32.1%、NTTドコモ14.6%、JT14.6%、経団連会長を出している住友化学は16%といかに大企業が優遇されているかが分ろうというもノダ。
ちなみに大企業(上位400社)が実際に税負担した率は平均24.7%となっている。タテマエでは40%払わねばならないのが、24.7%なノダ。

これだけの数字を見てみても、大企業優遇であるにもかかわらず、経団連は毎年のごとく、「日本の法人税は欧米にくらべれば格段に高い、これでは国際競争力に負ける。もっと欧米なみに法人税を下げるべきだ」と主張している。そして結局は民主党内閣でさえ、5%の法人税減税に踏み切ったノダ。
参考までに主な外国の税率を挙げてみると米国・カリフォルニア州は40.75%、フランス33.33%、ドイツ29.38%、英国28.00%となっている。
日本法人の見かけの税率40%に比べれば、確かに高いが、上記述べたように実績としての上位400社の平均率24.7%に比べれば、外国はもっと高い。   それに企業が負担するのは法人諸税以外に社会保険料(健康保険、厚生年金、雇用保険など)という目的税がある。企業負担について言うのなら、この両者を見る必要がある。
主な国別について社会保障負担を比較すれば(対GDP比、単位%)、日本の民間企業は4.4だが、英国は7.2、ドイツ8.9、フランス9.8、スウェーデン10.9となっている。つまり他の先進国に比べたら日本企業の社会保障負担は約半分なのである。
さらに言えば、法人税というのは最終的な儲け(純利益)に掛かるが、社会保障負担金は、利益が出ようと出まいと企業は負担しなければならない性格のものであって、法人税以上に企業にとっては負担を強いられるものなノダ。

消費税そのものにも大企業は優遇されている。それは消費税の「輸出戻し税」というのがあって、商品などの輸出にかかる消費税については全額還付されるという制度だ。外国で販売される商品すなわち国内で消費されない商品には消費税が課せられないから、輸出が確認された段階で輸出者に戻すという理屈である。この制度で輸出事業者自身の消費税はゼロになり、仕入れにかかった消費税はすべて輸出事業者に戻ってくる。戻るといっても、元々、仕入れ段階の消費税は他の事業者が負担しているわけで、輸出事業者は自分が負担していない消費税をただ取りしていることになる。こんな不条理な制度は早急に廃止すべきだ。

ちなみに2010年度の還付額は3兆3762億円で、個別企業で言えば、トヨタ2106億円、ソニー1060億円、日産自動車758億円、キャノン722億円、東芝721億円、ホンダ656億円、パナソニック648億円と続く。
10年度の5%消費税総額12兆円の約28%にも相当する。消費税を増税しなくてもこの輸出戻し税を廃止するだけで、消費税収の3割近くが増えることになる。
とにかく1988年の税率に還らないまでも、このような大企業優遇税制さえ廃止すれば、軽く13兆円(消費税率5.5%ぐらいに相当)の税収になるノダ。

少々長くなって読者もお疲れだろう。最後に一言だけ。それは私が1990年代に5年間企業から派遣された駐在員として過ごしたブラジルの当時から現在の変わりように触れたい。
当時は経済の停滞とものすごいハイパーインフレで、格差の顕著なブラジルでのインフレは金持ちはますます金持ちになり、貧乏人はますます増え続け、格差は一段と激しくなっていた。そんなときに、それまで3度ほど大統領選に挑戦した労働党代表のルーラーが2000年代になって初めて大統領になった。そして彼がまずやったことは低所得者層の収入の底上げだった。
所得の上位10%が富の半分以上を占めているといわれた富裕階級への税金や法人税を上げ、それらの財源で低所得者層への各種給付金や最低賃金の引き上げ、各種手当て増加などの政策を実行し、低所得者層の収入アップを図ったノダ。
言の輪30号でもちょっと触れたが、元々貯金などしない国民性ゆえに収入増はそのほとんどが購買欲に変わっていく。そして内需の爆発的な増加で国内景気が急速に回復していった。ブラジルは、今ではBRICsという発展途上国のリーダー格として国際的にも発言力を増している。
ブラジルを引き合いにだして私が何を言いたいかはすぐにお分かりになるだろう。そうだ、日本の首相・ノダは、「自分の責任において」とか「後の歴史が評価してくれる」とかの詭弁を弄しながら、ブラジルとはまったく逆のことをやろうとしているノダ。

不公平税制を正すためには今までに詳しく述べたように、基幹税である法人税と所得税に手をつければいいわけで、補完税である消費税を上げればますます格差・貧困が深刻になり、内需も冷えさせてしまう。
庶民にさらに痛みを与える消費税の増税など論外なのである。
メディアの大部分は財界やノダ政権と歩調を合わせて、いかにも消費税増税が社会保障の充実につながるようなまやかし論を展開しているが、原発の安全神話と同じように、これこそ庶民増税のための洗脳だろう。
                     (2012年8月5日記)

 

さよなら原発10万人集会

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2012年 7月11日(水)14時09分16秒
返信・引用 編集済
  10年ほど前に佐賀から松戸の郊外に実家の墓を移しました。それで先の日曜日に久しぶりに墓参りに行ってきました。そのついでに、近くにある同期生の渡辺さんの畑によって新鮮なトマト、胡瓜、ナスなど大量にいただきました。

そのあと松戸市の市民団体が主催した「菅直人(全首相)の『脱原発』に関する講演会」が18時半から開かれるということで一緒に、その会場へ行きました。
ところが会場である松戸市民会館の前まで来たら、実行委員会のスタッフがマイクで「入場者が多すぎて、これ以上は入れません」とのアナウンス。
「まいたなあ」と思ったものの、渡辺さんは実行委員会のメンバーの多くと顔見知りなので、彼が「なんとか我々4名だけでも隅っこに入れてもらえないか」と交渉するも、定員を百名ぐらいオーバーしているので、立ち見でも中へは入れない、ということでした。それにしても関心を持つ市民が多いのだなと思ったものです。

それで「まあ、しょうがないか」ということで居酒屋へカーブを切って、原発再開した野田やシンタロウ、大阪のハシゲなど「ろくでもない連中」の話で盛り上がりました。

ところで、毎週金曜日夜、首相官邸に「再稼動反対、大飯を止めろ」の声が響き渡っているのをご存知ですか。
デモを呼びかけている「首都圏反原発連合有志」によると、300人程度で始まった抗議行動は6月15日(野田首相が再稼動を決定した前日)には1万2000人に達し、翌週22日の参加者は4万5000人(少なめに見積もる警視庁発表でも2万人)が集まったそうです。
そしてこの流れはますます激しくなり、参加した私の友人によれば、翌週の6月29日には15万人以上、次の7月6日にはなんと約20万人が官邸を取り囲んだそうです。
あの歴史的な事件である60年安保の時でさえ10万人規模は何度もありませんでした。それにこの安保を含め、従来のデモは組合からの動員や学生運動に熱心な学生たちで構成されていました。
ところが今回の反原発デモの参加者の特徴はインターネットやツイッターで知ったり、口コミで知り、初めてデモに来たとかやむにやまれず参加したとか言う若い人から子供連れのお母さんなど幅広い一般庶民の方が多かったようです。

ところが、我らの野田は、官邸をとりまく原発反対の声への感想を聞かれ「大きな音だね」と話したとマスコミは伝えています。これだけの人々の「声」を「音」としか表現できない首相の想像力のなさには、ほとほと呆れてしまいます。この男は一時もはやく辞めてもらわねばならない、と思っています。

7月16日(来週の月曜日)には「大江健三郎さん、瀬戸内寂聴さん、坂本龍一さん、落合恵子さん、鶴見俊輔さんらが呼びかけ人となっている『さようなら原発10万人集会』が代々木公園で開催されます。
「脱原発」に賛同される方々はぜひ参加してみてください。
 

としぞーさんへ

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2012年 7月 5日(木)20時39分19秒
返信・引用
  読ませてもらいました。
知れば知るほど恐ろしいことですね。
 

是非一読ください

 投稿者:としぞー  投稿日:2012年 7月 3日(火)21時23分30秒
返信・引用
  ウィンザー通信
http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/18644f75e8acc8714097020d829f8845?fm=rss
 

パロデイ「真紀子と直紀」

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2012年 6月30日(土)23時49分17秒
返信・引用
  シンタロウのバカ息子の長男が今夜NHKのニュースで出ていたけど、髪を赤く染めているみたいですね。まあ、そういうのはどうでもいいけど、末っ子の息子は私の選挙区から出ています。
松原仁(民主党の中でも極右みたい)と今の所一勝一敗ですが、このバカ息子も挨拶さえろくろくできないようなバカ息子です。渡哲也などの石原軍団が選挙ともなるとすぐ応援にきます。

それでも気分休めに私のパロデイを載せます。
これは同人誌の中で最近企画したCreative Writing(誰でもいいから無造作に五つの単語を提出し、その五つの言葉を挿入して文章を作る、という余興みたいなものです。その言葉とは、今回は「失敗」「記憶法」「躍動」「介護」「社会常識」でした)のページに投稿したものです。

   バカの連鎖-『真紀子と直紀』-

真紀子「ホントにあんたはバカなんだから。国会で答弁するときは発言に注意しなさいとあれほど言ってきかせたでしょ!」
直紀「ごめんなさい」
真紀子「テレビでもそうだけど、官僚が作った答弁以外のことを長々と調子に乗って喋って失敗するんだから。私みたいには弁が達て頭の回転が速い人間とは違って、あんたは自分が口べたなのはわかっているくせに、つい余計なことをしゃべってしまうんだからね」
直紀「ごめんなさい」
真紀子「官僚も官僚だわ。あんたみたいな人が答弁するときは、もっと記憶法までちゃんと用意するのが役人というものよ。ホントに気がきかないんだから」
直紀「そうなんだよ。部下がしっかりしておけば俺がこんなにバカにされることはないんだよ。とにかくごめん」
真紀子「もう、ゴメン、ゴメンばかり。ゴメンですんだら警察なんかはいらないのよ」
直紀「俺の担当は自衛隊だよ」
真紀子「分ってるわよ バカ! あんたが防衛大臣になった時は、総理にうちの亭主をどうぞよろしくって、官邸まで挨拶に行ったの知っているでしょ」
直紀「ご足労かけました。ついつい念願の大臣になってしまって、気持ちだけが躍動しちゃったんだよ」
真紀子「なによ。大臣になったぐらいで喜んではダメ!総理をめざさなければ、お父さんに顔向けできないわよ。官邸で野田首相はなんて言ったか知っている? ご主人は社会常識に少し欠けるところがありますが、防衛大臣だったらアメリカの言うようにしとけばバカでもできますからご安心ください。それにご主人はバカでも奥さんがしっかりされているから、奥さんの介護があれば、もう万全ですよ、とまで言ったのよ」
直紀「そんな話は聞いていないなあ」
真紀子「私に言ったのよ。バカ!」
直紀「オレは何を言われても平気だよ」
真紀子「鈍いから平気でいられるのよ。あんたは!」
直紀「そうかな。ゴメン」
真紀子「またもゴメンなの。もっともそういうあんたの従順で素直なところに私は惚れたんだわ。それに、総理というのは私みたいにあまりに頭がきれすぎてもだめ。どんなに言われようとどっしりと構えて、党内のトラブルは馬耳東風みたいに受け流して、くよくよとものごとを考えすぎないことね。消費税増税なんて紛争の種になるような思いつきはしないこと。とにかく見かけは泰然としていて、頭は鈍いほうが日本の総理の資質には大事かもね。
それに私に従順だということは国民の半分を占める女の言い分にも理解できそうだし。そう考えたらやはりあなたは大臣よりは総理のほうが適任のような気がするわよ。そう絶対にあなたは総理を目指すべきだわ。なんだかあなたのよさがよく分って来た感じがする。
あらためて私、あなたに惚れ直したわ。ダーリン、ナオキ・・・・」
直紀「合体する?・・・・・・・」
真紀子「バーカ・・・・けどィィヮョ・・・」
                      (2012年5月12日 記)



 

吟遊視人さんへ(補完意見として)

 投稿者:としぞー  投稿日:2012年 6月30日(土)14時18分58秒
返信・引用
  書評(プロメテウスの罠)を読ませていただいて、思ったことです。

先ず、溝手顕正と石原伸晃を同列で扱うのは、溝手顕正が可哀想に思います。
あくまでも比較論ですが、人生経歴からみても発言内容から見ても、100点満点で言えば、
同じ不合格ゾーンでも、溝手顕正 59点、石原伸晃 15点ほどの差はあると思います。

次に、仙石由人ですが、弁護士時代に当時の広島のK会、関東のSなどそれなりの
トップの方々とお付き合いがあったことは、その筋では結構有名な話です。

そういう意味では、今の政治状況も、相変わらずの米帝を始め、様々な勢力の権力争いの
一コマに過ぎない気がします。
勿論、電通=共同通信を頂点とするマスコミ集団の同じ穴のムジナで、朝日新聞も例外では
ありませんが…

むしろ、少しの真実を書いて、大衆を引き付け本当の危険を隠ぺいするという
朝日のやり方こそ、戦前の新聞が大衆煽動路線による軍国主義礼賛の旗振りであったように、
真の危険を孕んでいることを知らなければなりません。

庶民、大衆にとって、真の敵は何かを見極めることが必要ではないでしょうか。
 

書評(プロメテウスの罠)

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2012年 6月28日(木)12時44分44秒
返信・引用
  2,3ヶ月前の話だが、自民党参院幹事長の溝手顕正とかいうのが、昨年の3・11以降の原発事故対応にあたった首相の菅直人を「後進国なら死刑に相当する」と述べていた。国政を預かる議員としてもまったく品性に欠ける発言なのは言うまでもないが、ここ半世紀、自民党こそが原発推進を国策としてあげてきた張本人であって、彼らの罪状は、首相の行動に何らケチつける資格もないし、むしろ自分が属する自民党自体を解体するぐらいの懺悔を必要とすると、私は思っている。自分の党の政策さえまともに認識できない男が、参議院幹事長という要職にあるのだから、自民党も随分と人材難である。
そういえば自民党衆議院の幹事長はあのシンタロウのバカ息子である。この男も以前に、イタリアでの「脱原発」についての国民投票で9割以上が賛成したのを「集団ヒステリーみたいだ」なんて喋っていたのを思い出す。先進国での国民投票で、それも9割以上の人たちの選択を「ヒステリー」としか認識できない男と上記の溝手顕正とは役職だけでなく、軽薄さ、無定見さという点ではまったくよく似ているものだ。

もっとも民主党の仙石由人(前官房長官)だって最近は財界の代弁者みたいに「原発再稼動なくば、集団自殺するようなものだ」とか「真っ暗闇では生活できない」なんて発言している。この男は全共闘世代の人物で、学生時代は「フロント」という新左翼に属して過激な活動をしていたし、弁護士になってからは人権弁護士として有名になり、旧社会党から立候補して国会議員になったのだ。こんな経歴の男でさえ、一端権力を得ると庶民感覚とは大分乖離するものらしい。

さて今月の本として下記の本を紹介したい。朝日新聞を購読している読者はご存知だと思うが、原発事故にともなう政府や東電、関係組織、行政の対応、放射線事故に遭遇した人たちの動きを追ったドキュメンタリーである。冒頭述べた原発事故発生時の菅直人の行動や発言も分単位でレポートしている。
現在も毎日連載しているが、今回出版されたのは昨年10月から始まり、今年の2月6日までの分を収録した1部から6部までである。

プロメテウスの罠  朝日新聞特別報道部 著(学研パブリッシング)

「プロメテウス」とは人類に火を与えたギリシャ神話の神族のことを意味するらしいが、「プロメテウスの罠」とタイトルをつけたのは、彼らによって文明を得た人類が、今原子の火に悩んでいることを言いたいのだろう。

第一部「防護服の男」では原発事故30キロ圏内での住民の混乱、第二部「研究者の辞表」では情報は誰のものか、を厳しく具体的に問い、第三部「観測中止令」ではお役所の論理や、福島第一原発事故を背景に国とは何か、民とは何か、電力とは何か、を考える。
第四部「無主物の責任」では、原発から飛散した放射性物質は「無主物」であり、それゆえ東電の所有物ではない―、つまり除染の責任はないとする東電の主張の裏で、内部被爆の不安は首都圏にも広がっていること。
第五部「学長の逮捕」では、日本の子供がセシウム137で体重1キロあたり20~30ベクレルの内部被爆をしていると伝えられているが、この事態は大変に深刻だ―と、チェルノブイリ被災者の研究を続けるベラルーシのエリート医師はそう警告する。内部被爆が健康に与える影響とその対策を詳報する。
第六部「官邸の五日間」では、官邸は放射能の拡散を予測する「SPEEDI」のデータを手にできず住民避難に生かせなかった。だが米軍は早々と電話一本でそれを取り寄せていた。このシリーズでは昨年3月1日直後の官邸に焦点を合わせ、菅直人や海江田経産業大臣、東電幹部、原子力安全委員長など主だった関係者の動きを追っている。

このなかで、最高に面白いのはやはり第六部「官邸の五日間」である。国会で合意結成された「東電第一原発事故調査委員会」の中間報告では当時の菅首相の拙速な対応や指示を批判している部分が多い。それでも福島第一原発の連続的な爆発を制御不能に陥りそうになったとき、東電本社では現地社員の危険防止のため、全員撤退の指示を出そうとしていた。それを嗅ぎ付けた官邸の菅直人が、直接東電本社に乗り込んでいき、撤退を思いとどまらせたことは、この事故調査委員会でも高く評価している。このときの模様を分単位で各関係者の動きや発言を追っているのは、まさにスリリングなサスペンス映画を見ている感がするものだ。
もし、菅直人が夜明けに怒鳴りこんで、力づくで阻止しなかったなら、今の日本は本当に終わりだったかもしれない。少なくとも首都圏まで放射能被害が及び、政治経済に多大の影響を及ぼしたことは間違いない。

未曾有の地震と津波での原発事故ではあり、現場の混乱と混迷も当然であるが、それでもこのようなレポートと検証記事を読むと、あらためて「何故に」という疑問や思いが深まる。
現地の放射能汚染のデータは随分と収集されつつ、現地住民への伝達は遅れた。官邸や行政は事実を伝えることになぜこんなにも臆病になったのか。
官邸中枢は、放射能の広がりと影響をキャッチする「SPEEDI」(緊急時迅速放射能影響予測システム)があるにもかかわらず、この存在を知らないで、ただ同心円状に避難区域を拡大していった。

3・11はメデイアのあり方を問い直す契機ともなった。第一報と直後の報道はもちろん大事ではあるが、「分かりやすく事実をもって事態を語らしめる」調査報道は最高に大切である。またこの分野はメディアの中で新聞がもっとも力を発揮しうる領域でもある。
今でも連載中の「プロメペテウスの罠」が息の長い取り組みを今後とも続くことを期待したい。




 

「思い出の吉本隆明」

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2012年 5月 7日(月)23時48分29秒
返信・引用 編集済
  以下は私の高校の同期生で毎年1回発行している「斜光」という同窓会誌に投稿した文章です。
高橋さんの「新聞の切り抜き」の文章に比べたら、「思い出」ということで感傷的、感覚的になっていますが、
吉本隆明に関心のある方は読んでみてください。


        思い出の『吉本隆明』          北島浩之

「ぼくが倒れたらひとつの直接性が倒れる  もたれあうことをきらった反抗が倒れる」
「ぼくが真実を口にすると ほとんど全世界を凍らせるだろう」
50年前の学生時代、こんな詩句を口ずさびながら、よくデモに行ったものだ。

今年の3月、この詩の作家である吉本隆明が亡くなった。87歳だった。かって吉本と同じように私がその著書に親しんだ高橋和己や谷川雁、上野英信、松下竜一、井上ひさしなどの訃報を聞いたときとはまた違った感慨に襲われた。
なんだか一つの時代、一つの思想が終わったのではという思いと、身体のどこかにぽっかりと空洞ができたような寂しさに襲われた。
80歳を過ぎてからの吉本は、彼の著書を読み、発言を聞くたびに「昔の切れ味が無くなったなあ」とは思っていたが、それでも今までの思い入れからいけば、彼の存在感の重みを減じることまでには至らなかった。
それで今回は『思い出シリーズ』というほどのことでもないが、学生時代から思いいれの深かった吉本隆明について書いてみたい。

亡くなった翌日だったか、朝日新聞に作家の高橋源一郎が追悼文を寄せていた。最近やけに涙っぽくなっていると気づいてはいたが、その文章を読み進めるうちに涙がポロポロと出てきてどうしようもなかった。彼の追悼文と私の感傷はまったく同質ではないかと思われたのだ。
その一部を私自身の思いを添えて述べてみよう。

高橋は冒頭述べる。
「いま吉本さんについて書くことは、ぼくにはひどく難しい。この国には『わたしの吉本さん』を持っている人がたくさんいる・・・」
(そのとおり、私の学生時代の友人のほとんどはそうだったし、まさに私自身も『わたしの吉本さん』を持っていた)

「半世紀以上も前に、詩人としての吉本さんに出会った人は、当時、時代のもっとも先端的な表現であった現代詩の中に、ひとり、ひどく孤独な顔つきをした詩を見つけ驚いただろう。そしてこの詩人の詩が、孤独な自分に向って真っすぐ語りかけてくるように感じただろう。」
(私と吉本との最初の出会いは友人が見せてくれた吉本の詩集だった。それは私自身の心象風景ではないかと思えるほど私のこころに響いた。その後は彼の20代前後の初期詩集を読み漁ったものだ)

「60年代は、政治の時代でもあった。その頃、吉本さんの政治思想に出会った人は、社会や革命を論じる思想家たちはたくさんいるけれど、彼の思想のことばは、他の人たちと同じような単語を使っているのに、もっと個人的な響きを持っていて、直接、自分のこころの奥底に突き刺さるような思いがして驚いたことだろう。
 あるいは、その頃現実にさまざまな運動に入り込んでいた若者たちは、思想家や知識人などいっさい信用できないと思っていたのに、この『思想家』だけは、いつのまにか自分の横にいて黙って体を動かす人であると気づき、また驚いただろう」
(当時、前衛と称していた共産党、社会党への失望感、身の安全を保ちながら急進的な言葉を発信する学者や知識人への不信感、そんな状況のなかで、吉本については“絶対に裏切らない、ホンモノの人間”という信頼が私の中に次第に固まっていった)

「吉本さんは思想の『後ろ姿』を見せることのできる人だった。どんな思想も、どんな行動も、普通はその『正面』しか見ることができない。それを見ながら僕たちは、ふと“立派そうなことを言っているが、実際はどんな人間だろう”とか“本当は僕たちのことなんか歯牙にもかけていないじゃないか”と疑うのである。
 けれども吉本さんは『正面』だけではなく、その思想の『後ろ姿』も見せることができた。彼の思想の言葉や行動が、彼のどんな暮らし、どんな性格、どんな個人的な来歴や規律からやって来るのか、想像できるような気がした。どんな思想家も、結局は僕たちの背後からけしかけるだけなのに、吉本さんだけは、僕たちの前で僕たちに背中を見せ、僕たちの楯になろうとしているかのようだった」
(今でも思い出すことができる。学生時代、このような吉本評をやったことが鮮やかに甦る)

まだまだ高橋源一郎の追悼文は続くがここらへんで止めたい。書きたいことがもっとあるからだ。ここからは『個人的な吉本さん』について書いてみる。

とにかく私もまた半世紀前の学生時代、吉本の詩に出会い強烈な印象を受け、それからというもの、彼の政治思想や批評にのめりこんだ若者のひとりだった。先に「多かれ少なかれ私の周りの友人たちは、彼の影響を受けていった」と書いたが、特に私が属していたサークル「セツルメント」の仲間たちがそうだった。部室では吉本が“こう言った”とか“こんな著書を出した”とかがよく話題になったし、「現代思潮社」から発行されている彼の著書は高価なので、部員一同で古本屋へあさりに行ったりしたものだ。だがセツルメントサークルの他に一時属していた「経済研究部」や政治セクトである「民青」や「社青同」などの友人もいたが、彼らはどちらかと言えば吉本については批判的だった。

就職し、いくらか金銭的に余裕ができて学生時代買えなかった『吉本隆明全著作集』(勁草書房17巻)を毎月一冊ずつ購入した。初任給13000円ぐらいの時に、一冊2,000円ぐらいしたから当時では結構高価な買い物だった。
30歳の頃だったか、それまで入社以来、九州管内の三箇所、熊本、三角、門司港と動いていたのが、東京に転勤辞令が出て、品川区・荏原の社宅に住むことになった。
そしてしばらく経ったころ、かってのセツルメントの仲間たちと当時の現役学生セツラー(セツルメント活動家)10人ぐらいが「吉本隆明講演会」を聴講するために九州、福岡から上京してきた。
当時学生運動や労働運動など革新の砦みたいになっていた品川区公会堂で開催されたが、吉本の講演の最中、聴講者の中にいた反吉本グループがゲバ棒を持って壇上にあがり、強烈なヤジを飛ばし続けた。それを見た九州から来た私の友人たちを含めた吉本シンパが、壇上の吉本を守るかのように立ちふさがったのだ。一触即発の状態の中で、吉本は悠然と何事もないかのように話を続け、最後まで壇上を降りなかった。その頑健さ、スタンスの一貫性、彼の風格ある態度が40年経った今でも鮮やかに目に焼きついている。
その夜は福岡からの遠来の友たちは私の社宅へ泊まりにきたが、なにせ2DKの狭い部屋である。皆、雑魚寝同然で翌日の朝まで喋りながら夜を明かしたものだった。

その後も新聞や雑誌で彼の講演会などの情報を得れば、努めて聴きにいったものだ。権威や権力にたいしての仮借なき批判、頑強さを漂わせるその風貌からして、ますます吉本が好きになっていった。

続いて彼の著作について書いてみたいが、それはあまりにも多すぎて多岐にわたるので、私が感銘を受けた著書についてだけ簡単に触れたい。
まず最初の出会いだった彼の20代前後の詩集である『固有時の対話』や『転位のための十篇』がある。『固有時の対話』の『固有時』とは「孤独」ということであり、したがってそれとの対話とは、世界から隔絶してしまった自分がいかにして再び世界を見い出すかという問題を語る。 続いて出版した『転位のための十篇』は、一転きわめて抒情的な言語で書かれている。当時インク製造会社の組合活動に携わっていた吉本の実生活が背景にある。それだけに、その反抗の言葉は説得力をもってひびき、60年安保闘争から全共闘運動へと展開していく政治の季節の若者たちに大きな影響を与えたと思う。                 このほかの詩集についてはこれよりもっと若い10代の頃に書かれた「初期詩篇」を含め、50代のころに発表した『記号の森の伝説』などがあるが、30代以降はどちらかと言えば、思想的著作のほうへ仕事の重点を移していく。
 社会秩序と精神との激しいかかわりを論じた『マチウ書試論』、『言語にとって美とはなにか』のような文学言語の原理論、『共同幻想論』のような国家論、『最後の親鸞』のような宗教論、『高村光太郎』、『芸術的抵抗と挫折』『戦後詩史論』、『西行論』のような文学論など。その主題の多彩なひろがりはまことに驚くほかはない。だがそれだけのことなら他の人がいるかもしれない。彼において独特なのは、それらいっさいに虚心に心を開くと同時に、無類の集中力をもって、すべてを自立しようとする思想に自分自身を収斂していくことだ。しかもそれが、対象に一方的に自分自身を押し付けることにはならず、それどころか、対象のそれぞれが固有の生を自由に生きる契機を与えることとなる。こうして作り上げられた彼の世界は、堅固に構築されているが、ひとが気のむくままに入ることを拒まない。

 学生時代、私達の仲間内では、吉本の著書をわざとらしく表紙を見せながら持って歩くことが、一種の知的虚栄心を満足させるような風潮もあった。
 昨年11月、福岡で大学卒業以来約50年ぶりに、学生時代のサークル「セツルメント」の仲間たちが集まった。そのときも吉本の名前がでたので、私がまず口火を切った。「吉本の原発擁護論みたいなニュアンスの文章を読んだが、彼も86歳となって、少しもうろくしたんじゃないか」と云ったら、2,3人の友人から猛烈な反論を食らった。          「相変わらずの吉本崇拝論者だな」と内心思ったものの、彼らの吉本擁護論によれば、「吉本が言うのは、必ずしも原発擁護ではなく、科学技術の進歩の過程では原発が開発されるのは必然性があって、それを否定できるためには、原発が完全に人類とは共存できない論理と、原発事故の防護が絶対に不可能だという根拠が必要ということだ」という。
 私は「核サイクルや核ゴミの処理さえできていなくて、一端事故でも起これば、今回の事故のように日常生活や故郷、永年住みなれた家まで奪われる人たちが続出する。このことだけでも、原発は人間と共存できないことは明白だ。これ以上の説明はいらない」と主張したが、議論は平行線のままだった。そして最後は「お互いに昔と変わっていないなあ」と苦笑いをしたものである。

 やはりこのセツルメントの仲間だった一人に「山田邦彦」という友がいた。「いた」と過去形で書いたのは就職して3年目の元旦に北アルプスで遭難死したのだ。山が好きで詩人でもあった。また熱烈な吉本、特に彼の詩の大フアンであった。私は『斜光6号』でこの亡き友へ「33回忌のレクイエム」と題した文章を投稿したこともある。
45年前になるが、その彼が亡くなる一ヶ月前にもらった手紙には、

「・・・・・何ものにも心を奪われえない時、何ものも僕の心を魅することができない時、僕の中に優しい調べが入り込んでくる。例えばあの立原道造の青春の抒情をたたえた詩の一節が。
   《晩秋》
 あわれな僕の魂よ  おそい秋の午後には  行くがいい  建築と建築とが  さびしい影を曳いている  人どおりのすくない  裏道を  雲雀を高く飛ばせている  落葉をかなしく舞はせている  あの郷愁の歌の心のままに  僕よ  おまえは 限りなくつつましくあるがよい  おまえが友を呼ぼうと  拒もうと  おまえは  永久孤独に  餓えているであろう  行くがいい  けふの落日のときまで  少なかったいくつもの風景たちが  おまえの歩みを  ささえるであろう  おまえはそして  自分を護りながら  泣くであろう

 そして、何ものかが僕の心を駆り立て、どろどろした情熱を注ぎ込むとき、僕は僕の内なる砦を押し開き、例えば吉本隆明の詩を激烈な声で歌うのだ。

 《死の国の世代へ―闘争開始宣言―》
 どんな遠くの気配からも 暁はやってきた  まだ眼をさまさない人よりもはやく  孤独なあおじろい「未来」に挨拶する  約束ににた瞬間がある。                             世界はいつもそのようにわたしにやってきたか  よろこびは汚辱のかたちで  悪感をおぼえ吐き出す澱のように  希望はよれよれの雲  足げにされてはみだした綿のように  けれどわたしのメモワール  わたしのたたかい  それは十年の歳月をたえてやってきた  わたしの同志ににたわたしの憎悪をはげますように。           こころが温まったとき闘わねばならぬ  こころが冷えたとき遇いにゆかねばならぬ  十年の廃墟を搾ってたてられたビルディングの街をすてて  まだ戦禍と死者の匂いのただよう死の国のメトロポールへ  暁ごとに雲母のようにひかる硝子戸を拭いている死の国の街角へ                                   戦禍によってひき離され  戦禍によって死ななかったもののうち  わたしが君たちに知らせる傷口がなにを意味するか  平和のしたでも血がながされ  死者はいまも声なき声をあげて消える  かってたれからも保護されずに生きてきたきみたちとわたしが ちがった暁  ちがった空に  約束してはならぬ

 僕の心は、そして僕の詩はこの二つの詩の間にあり、その間をたえず揺れ動いている・・・・・・・。     北島君、君は今この過ぎ行く秋の季節をどのような姿勢で耐え、きたるべき冬をどのように迎えようとしているのだろうか・・・・・」

 ここまで書いてみて振り返ってみたら、少々感情的になりすぎたようだ。とにかく吉本には青年時代から、剛直な大人の論理と子供の感受性が共存し、それらは亡くなるまで持続していた、と思う。
 吉本隆明と会ったことのある人は口をそろえて「吉本さんは、やさしい、純真な、いい人なんだよ」と言ったり書いたりしている。論争や「情況への発言」で炸裂するあの激しい罵詈雑言からは思いもよらない人柄だそうだ。 外はコワモテの「大人の論理」、でも内は「子ども達が感受する異空間の世界」があったということなのだろう。

 やはり戦後の日本で傑出した評論家と言われた磯田光一が書いていた。
「戦後の日本を作ったのはマッカーサーと吉田茂と吉本隆明だった」と言うのだ。               つまりマッカーサーは天皇制軍国主義を断ち切り、吉田茂は親アメリカ、経済優先主義を敷き、吉本隆明はその経済社会の中で、ばらばらに切断された一人一人の思いを支える自立の思想を構築していった。各世代に応じた一人一人の存在性においてその持続があやふやになりそうなとき、吉本の数多の著作は思想的な核となり、重石になったのだ。逆言すれば、吉本の著作に出会い、一人で存在する思いを更に逞しくしていた人々が各世代に自立していったのだ。

 最後になるが、吉本隆明の訃報を聞いたとき、四方八方に枝葉をひろげ、がっしりと根を張った巨木が、音もなく倒れるのを眼にしたような思いもあった。そしてその静けさのなかから彼の若年期のこんな詩句が聞こえてきた。

だから
ちいさなやさしい群れよ
みんなのひとつひとつの貌よ
さやうなら
                                       (2012年4月17日記す)







 

絵の同好会グループ展のお知らせ

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2012年 3月29日(木)22時15分2秒
返信・引用
  私が入っている絵の同好会で今度グループ展を開くことになりました。
まだまだ人に見せるほどのレベルではありませんが、一回ぐらいはいいのではということでね。
それでその案内状を添付させてもらいます。

もし、期間中、大井町駅付近に来ることがあれば覗いてみてください。
13日、14日は同人誌グループの合宿がありますが、それ以外の日は
会場にいる予定です。
 

同人誌への投稿文

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2012年 2月16日(木)21時53分26秒
返信・引用
    政治家への想いから

私はあまり売れないルポライターである。ライターとしての収入が少ないので、なんだかんだと雑文を書いたり、アルバイトしながら生計を立てている。特に最近は本来のルポルタージュよりも、政治や社会への憤懣や怒りがドグマとなったような文章が多くなった。
私の永年の夢であった自民党政権の交代が実現したものの、ご覧のような民主党政権のていたらく、それに中央の政治の閉塞感は、東京、大阪という二大首長にはとんでもない男たちが登場し、わがもの顔にふるまう、そしてそれを有権者は待望久しいヒーローのごとく喝采する。とにかくこのような世情や世の動きに対し、かぎりなく危険な予兆を感じると同時に憤懣やるかたない気持ちになってしまうのだ。

もともとルポライターになったこともさしたる理由があったわけでもない。団塊の世代である私は、学生時代は母からの仕送りが期待できないためにアルバイトで生活費や授業料をかせぎ、また全共闘運動に積極的に参加していたことや私の出生の事情もあってか、何度も受けた就職試験はことごとく撥ねられた。その疎ましさもあり、その頃私は無性に日本を脱出したい衝動にかられていた。
そこで私の親戚では唯一海外に永住している母の兄、叔父の住んでいるブラジルへ渡ったのだ。
叔父とは一度実家で会ったにすぎなかったが、とても歓迎してくれた。それをいいことに叔父の農園を手伝いながら3年間ブラジルのあちらこちらを彷徨したのである。
その間、20世紀初頭日本からブラジルに渡った方々のルポを書き始めた。それらをまとめたものを、帰国後、出版社に勤めている友人に見せたら、それが結構評判になって出版してくれたのだ。
それがルポライターになった端緒であるが、その後は特に注目を集めるようなルポルタージュを書けてはいない。それでもなんとか食いつないでいる状態である。

今回はそのブラジル時代のことから話を初めたい。
その頃のブラジルは軍事独裁政権が続いていた。それにもかかわらず、学生運動の闘士から左翼ゲリラのリーダーとなり、軍部から「ブラジルのジャンヌ・ダルク」と呼ばれ恐れられていた女性がいた。1970年代には国家反逆罪で逮捕され、3年に渡る獄中ではひどい拷問・尋問を耐え抜いた体験の持ち主でもある。
当時の私の気持ちは、学生運動に挫折したこともあって、思想と現実、観念と行動などの狭間で悩みぬいていた。だが自分の命を賭けてでも国の変革に対決している女性を目の当たりにすると、いかに自分が観念論のなかに身を置いていたかということが分ってきたのだ。
その彼女は昨年(2011年)ブラジル初の女性大統領になったジルマ・ルセフ(63歳)である。
隣のアルゼンチンでは4年前、女性のフェルナンデス大統領が就任した。選挙で女性大統領が誕生したのはこの国では初めてだ。その前年にはチリで、同様に女性初のバチェレ大統領が就任した。これに昨年ブラジルが加わったわけだ。頭文字から「南米のABC」と呼ばれる南米の三大国は相次いで女性が政権の頂点にたったのである。
ルセフはゲリラ時代、武力革命の資金稼ぎのため銀行強盗を指揮したとも言われている。
70年代私が滞在した3年間、軍政下のブラジルで非合法の組合の代表となり、地下からストライキを指導したのが2010年までの8年間大統領であったルイス・イナシオ・ルーラであった。このルーラ内閣の官房長官であったルセフがルーラから後継指名され、2010年の選挙で見事に大統領に選出されたのである。
私が1990年代二度目に行ったブラジルでは丁度大統領選挙期間中でルーラ労働党代表が二期目の社会民主党出身のカルゾート大統領に挑戦していたころである。バリバリの左翼行動家だけに経済界や軍部、富裕層からはものすごい批判、弾劾攻撃がなされていた。それでも4回目の挑戦でルーラは大統領に当選し、9割を占めるといわれていた貧困階級の所得を増やす政策を含めて柔軟路線で低迷していたブラジル経済を立て直した。
1割の富裕層に増税し、その財源を低所得者の底上げに使用したのだ。もともと貯蓄する習いなどない国民性だから、その収入の底上げはほとんどが国内消費に向う。いわゆる内需の爆発的な効果でブラジル経済を成長路線に乗せると同時に、国際的にもブラジルを世界の開発途上国の代表に仕立て上げた。今やカリスマ的な存在となり、2期8年の任期を終えたころでも80%以上の高い支持率を誇っていた。

現在の日本は、円高のために輸出に期待できない経済環境にある。そのために内需の必要性が声高に叫ばれているが、野田内閣のやろうとしていることは、消費を萎縮させる、それも富裕層よりも低所得者に影響の強い消費税のアップである。
内需を高めることとは矛盾する財政政策である。日本が抱える天文学的な財政赤字を立て直すには「消費税」しかないような政財界、経済学者などの大合唱であるが、私に言わせれば、戦後のシャープ税制のころから1970年代までの税制に戻せば、現在の格差社会の収入規模で見積っても、28兆円、つまり消費税を今の5%を20%ぐらいまでアップしたのと同じくらいの税収が期待できるのだ。70年代に戻るのが極端であるならせめて80年代の税制に帰るべきだ。それでも消費税15%ぐらいにする効果はある。
このことには十分な根拠がある。何故なら00年代以降の小泉路線が採用した「新自由主義」政策以降、統計的にも格差社会が猛烈に進んでいる実態がある。つまり中間層の幅が薄くなり、富裕層はますます収入が膨らんでいる。また富裕層のみならず、大企業優遇政策のために大企業が内部留保したカネはなんと280兆円にもなっている実態もある。
ブラジル経済立て直しのことを述べていたら、少々横道にそれてしまった。このような「理不尽ニッポン」のことは、いつか詳しく述べてみたい。

話を元に戻せば、ルーラ前大統領の後継を自認するルセフは、東欧ブルガリアからの移民を父に持つ。母はブラジル女性だ。大統領就任後の第一声では「貧困を根絶し、すべての人に平等な機会を与えたい」と語り、ブラジルとの友好関係を求めたオバマ米政権に対しては「親密であると同時に主権を持った関係を望む。こちらが尊敬を受けた分だけ、相手も尊敬する」と毅然と述べた。対米追従しか能のないどこかの首相や外務省首脳に聞かせてやりたいと思ったのは私だけではないだろう。

昨年のノーベル平和賞を受賞したのも女性3人である。中でもエレン・サーリーフは西アフリカのリベリアの大統領。独裁やら汚職やらで「男」たちが荒廃させた国を立て直してきた。約27万人が内戦で死に失業率は85%、識字率4割という出発点から6年前から走り出した。汚職撲滅のために財務省の全職員300人を解雇し、同省や司法、商務などの大臣、警察トップに女性を起用した。自身投獄された経験があり、その姿勢は「非暴力」に根ざす。

このように2011年は特に女性政治家のニュースが際立った年でもあるが、それでは理想の政治家とはどんな人物をさすのか。
昔読んだマックス・ウエーバーの言葉を借りれば、信条倫理と責任倫理の葛藤に懊悩しながらも、歴史の審判に耐える結果をもたらすことの出来るリーダーということになるだろう。信条倫理には、自らの信条に殉じることも厭わない熱情がなければならないし、責任倫理には、自らの目的達成のためには手段を選ばない醒めた老獪さが伴わなければならない。要するにひとりの人間の中に熱した部分と冷めた部分がなければならないのだ。

ここまで書いたら、日本にとって最も身近な国、韓国の元大統領、死刑囚から大統領の地位へかけのぼっていった金大中のことを思い出す。
彼が私と同じような生い立ちであることから、特に気になっていた存在だった。金大中が日本滞在中に拉致された事件は衝撃だった。それで、ルポライターの端くれだった私はその後1年ぐらい拉致の真相究明のために走り回ったこともある。結局は誰一人協力者もなく、バックもない私にとって日本と韓国の権力を相手にするにはあまりにもひ弱だった。

今、最近発行された「金大中自伝」を読んでいる。
彼は植民地・朝鮮の小さな島で生まれ、やがて実業家から政治家に転身し、迫害、追放、弾圧、亡命、投獄の数限りない試練をくぐり抜け、第15代韓国大統領に就任した。その生涯は、悲惨と栄光あるいは絶望と希望に彩られ目も眩むように極端だ。それはある意味で韓国の極端な時代そのものを象徴している。
非嫡子であり、妾宅で生まれたという出生の秘密。この秘密から始まって金大中の人生はまるで明と暗の綾なすつづれ織のように、肉親や妻、子どもや親友、政友や政敵など、夥しい数の人々との数奇な邂逅と別離に満ちている。そこには弱さや恥も含めて、「人間的なあまりにも人間的な」金大中がいる。人にはそれぞれにふさわしい矜持があり、それを尊重する社会が実現されなければならないという確固とした信念を抱くようになっていく。そのヒューマンな理想こそが彼の民族主義を支え、民主主義への熱い想いとなってほとばしっていたのであろう。

ここまで書いていくとやはり私たちの国の政治家への想いに帰っていく。そしてそれは深い深いため息となってペンの速度が鈍ってしまう。日本にはとてもルセフやルーラー、金大中のような政治リーダーは生まれそうもないからだ。
永かった自民党政権時代は派閥の長か、2世、3世の世襲の首相、やっと政権交代となった民主党でも2年半ですでに3人目の首相である。首相ばかりでない、東京、大阪という日本の二大都市の首長は、ポピュリズムに覆われた権力を自己の都合だけに利用してしまう政治屋である。
特に昨年11月の大阪W選挙では、権力で脅し独裁者の論理を肯定する橋本徹が大勝した。私はこのような男が権力の座にあることよりも、そのような世情や風土に、極めて危険な時代への予兆を感じてしまうのだ。
権力で封じ込む国内外の秩序形成者に抵抗する力もなく、生活に追われて、政治的な難題に真正面から対峙するゆとりもない。同時に、精神のバランスを維持するために『うっぷん晴らし政治』を渇望する。政治の混乱を面白がり、自虐的に、極めて反射的に、表面的に評価して、選挙権を行使する。大阪の『ハシズム現象』も被抑圧者の心情的瞬発力に支えられている面が大きい。『地方公務員は特別待遇を受けている』とバッシングし、閉塞状況下の欲求不満に応えていくやりかただ。

ブラジル、リベリア、韓国と比べれば日本の政情は確かに安定している。だからこそこのような連中しか選ばれないのか。それとも著名な政治学者が言った「その国の政治レベルはその国の民度に比例する」ということなのか。
しかし、しかし、それでも言いたいのだ。このような政治家を選択してきたのは私たち自身なのだということを。唯一の例外として菅直人が首相になったときは、市民運動家出身というだけで、いくらかの期待があった。だがご覧のように裏切られることが多かったし、1年そこらで退陣してしまった。辞める二ヶ月前に「脱原発」を言い出した。だが時すでにお遅しの感がしたものだが、次の野田内閣では案の定「脱原発」路線は後退に後退を重ねている。

それでは何一ついいことがなさそうな日本の未来と現実に対して、あまり文句ばかり言っても仕方がない。批判ばかりせずに、何らかの提案か展望を出せということにもなる。つまり「日本の政治は何を目指せばいいのか」という問いに対してである。
私としてはこの答えとして、いつだったか「内橋克人さん」が講演で述べられていたことがいつまでも脳裡に残っている。私も大いに賛同したので、彼の言わんとする概要をここに記したい。
「私は新たな基幹産業として『FEC自給園』を提唱したい。FはFood(食料)。日本の穀物自給率は世界で124番目だが、食料自給は国の自立案件で新たな産業も形成する。EはEnergy(エネルギー)。再生可能エネルギーとしてデンマークは風力発電、太陽熱発電を推進し、エネルギー自給率が今では200%近い。日本は国策として原発に集中し、他の選択肢を排除した。CはCare(介護)。市場に任せるのではなく、社会による介護自給園を形成すれば北欧諸国のように強力な産業になる。」
「ポピュリズムと独裁政治ではなく、世界のモデルに目を向け、食料、エネルギー、介護の自給園を志向すべきだ。地味でもいいから、グローバル化の中で、それに対抗できる『新たな経済』を作ることが本当の政治の役割だと思う」

さて私の愚痴ともつかない想いはここらへんで打ち切りにしよう。いつも一貫してないのが私の書き方であるが、ともあれ、今回言いたかったことはいくらかは言えたのではと思う。
しかし、これもやはり売れないルポライターの愚痴というものかもしれない。
                   (2012年2月4日記す)


 

テスト

 投稿者:高橋メール  投稿日:2012年 1月28日(土)10時21分36秒
返信・引用
  テストです  

冷温停止状態?のウソツキ

 投稿者:としぞー  投稿日:2011年12月18日(日)21時32分36秒
返信・引用
  「としぞー」の行きつけの床屋さんの親爺んおブログから。
余りに面白いので、皆さんにも発信しました。
親爺さんゴメンね。
12月17日
 あのね、政治家というのは国民から給料を貰って
 堂々と嘘をつける唯一の職業なんだけれど、
 その嘘は後になってバレる性質のものなの。
 ついてる傍から嘘だってバレるのは嘘とは言わない。
 と言うことは、政治家ではないという論法が成り立つ。
 「冷温停止状態」とは「冷温停止」ではない。
 こんなのはすぐにバレる。
 「収束」していないことは国民すべてが解かっているのに、
 「収束」と言えば、これもすぐバレる。
 殺されもしないのにSPをつけて、偉そうにしているが、
 あなたたちは、政治家ではない。
 馬鹿でもない。
 阿呆でもない。
 勿論、利口などでもない。
 じゃあ何と言うかって、『下衆』と言うのさ。
 「げす」と読むんだよ。
 そうそう、殴られたことがないだろう、きっと。
 痛いぞー。
 殴ったこともないだろう、きっと。
 痛いぞー。
 下衆に手を出すと下衆以下になるからやらない。
 でも、1回くらい殴られるといい。
 心の痛みばかり言ってないで、肉体の痛みも知ったほうがいいと思う。
 おいで、いい先生を教えてあげるから。
 

揺れるTPP論議

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2011年12月18日(日)18時44分16秒
返信・引用 編集済
   先日の忘年会、面白い話も出て愉快に過ごすことができました。こういう雰囲気をいつまでも保つことができるのも、年齢的に言えば、まずは健康第一だということでしょうか。
 さて私が属している同人誌グループの秋期号へ今話題の「TPP問題」を載せてみました。
 読んでもらえれば幸いです。

        揺れるTPP論議

私はあまり売れないノンフィクション・ライターである。ライターとしての収入が少ないので、なんだかんだとアルバイトをしながら生計を維持している。
前回は3.11の大震災、それにともなう福島第一原発の大事故が発生したため、物書きを生業としている者の一種の衝動と義務感みたいなもので、原発に関しての私の思いをのこらずぶちつけてしまった。
今回はいくらか冷静になって、震災前から書きたいなと思っていたことを綴ってみたい。

私は九州は佐賀の生まれである。佐賀県には傑出した作家は出ていないが、唐津市在住の農民作家、山下惣一さんの著書は昔からよく読んできた。徹底した農民としての生き方と視線で描いた作品に好感が持てるからだ。
その山下さんの30年前の著書の中にこのような農家の描写がある。
「農村にもささやかな消費ブームが押し寄せ、『徳さん』の家では、若嫁が買った2台目のテレビでひと騒動。農家は家族全員、同じ畑で働き、夜も一家だんらんが基本。だから『テレビは一家に一台あればいい』。そんな徳さんの思いに『年寄りと若い者は趣味が違う。プライバシーちゅうもんがあるとよ』と若嫁は譲らない…。
『タツ婆さん』は、稼ぎのいい工事の仕事などに精を出し田畑の手入れをしない息子夫婦との折り合いがつかない。
そんな時、激震が走った。自動車などの貿易黒字減らしを理由に米国から飛んできた牛肉・オレンジの自由化要求。日本の農業が国際化の波を受けた最初だった…」。

その後、農村、農業は自民党政府を中心とした網の目のように変わるノー政に翻弄され続けてきた。
今、その農村、農業はどうなったのか。そして昨年以来、くすぶり続けているTPP(環太平洋経済連携協定・註1)への参加が現実のものとなるなら、日本農業は様変わりになり、農家にとっては手に負えない難問となる。
それで、私は佐賀の実家へ帰ったついでに、山下さんの住む唐津市、湊町を訪ねてみた。山下さんとは会えなかったが、知人を通じて山下さんと同世代で同じ町で農業を営む林米八さんを紹介してもらっていた。
米八さんは憤懣やるかたないというような表情で言う。
「またぞろTPPとやらだ。関税をゼロにして工業製品の輸出を増やすのだと言う。やるならやってみろだ。安い輸入農産物がどっと来る。農業がさらに疲弊して困るのは誰なのか」
今までさんざん国の政策に翻弄されてきたにもかかわらず、米八さんは米八さんなりの創意と工夫でなんとか生き延びてきたと言う。それはハウス栽培や牛の肥育などへの複合化を進め、水田7反にみかん畑、梅や野菜も作り自給する。残りは「村」の直売所で地元に売ることだった。
「人が年をとっただけで村は続いてきた。百姓は田畑があれば生きていける。農業はダメになっても農家は生き残れる。“自衛”農家だ」。
つまり米八さんに言わせれば“自衛”の意味はこうだ。世界の人口は90年代から10億人増えて今は70億人に達した。50年になれば90億人を超えるという予想も出ている。限られた地球の資源と平地、地球温暖化の影響で、食料は将来絶対的に不足していく。だが百姓は自分の土地さえあれば、生きながらえるのだ。「第一おめえさん、TPPで自動車やテレビがよく売れることと、将来食べることを心配せねばならぬこととどちらが大事なんだ?」と言う。
そんな理屈を言う米八さんでも、昨年の今頃菅前首相がTPPへの参加を検討すると言い出したときは「またも農民を苦しめるのか」と思ったそうだ。そして更に追い討ちをかけたのが「原発」である。
米八さんの表情が曇る。
「困ったことになったのは原発だ。福島のようなことが起きたらTPPどころの話じゃない。生きるか死ぬかの話だ」。そういえばここからわずか10キロほどの隣町に九州電力玄海原発が立地している。

実は「村」を支えてきたもう一つが「原発」だった。農産物自由化と前後して原発の運転が始まり、増設工事が続くなかで兼業が急増した。山下さんの著書の中に出てくる「徳さん」の家でも農業は長男が継ぎ、孫は原発作業員として働く。
「原発とTPPは双子の関係だ」と米八さんは言う。原発は経済成長のために推進されてきたが、過疎地や農家は成長から取り残された。焦った過疎地や農家は原発からのカネに頼らざるを得なくなった。TPPだって、都市や工業の成長が大事で地方や農業に犠牲を強いることでは同根である。
それでも経済が順調で、都市の所得が増えれば農産物は高くても売れた。良質の食材で食品工業や外食産業も成り立ち、都市の雇用も生んだ。だが成長が止まるとたちどころに袋小路だ。原発とTPPが「破局への両輪」のように村を追い詰める。
特に野田内閣が前のめりになっているTPPへの参加は、農業など一次産業への影響は計り知れず、特に米農家にとっては壊滅的な影響を受ける。

経済団体や経済学者の一部はTPPに参加し、世界の自由貿易の流れに乗れという要望書を政府に突きつけ、メディアもどちらかというと「このままTPPを見送ると日本経済は大打撃を受ける」という論調が多い。
一方、全国農業協同組合の会長らはTPP交渉参加に反対する1000万人以上の署名の一部を持って首相へ「農業再生とTPPは両立できない」と訴えた。朝日新聞のアンケートには全国の知事や県議会の70%近くは反対か拙速な対応を懸念していると回答している。
このように国論を二分した感のあるTPP問題であるが、私自身これについて調べれば調べるほど、TPPは国の姿を一変する威力を持つ問題だと痛感する。
だから私たちは「鉢巻きして反対する農業団体の問題」という意識ではなく、自分の生活や将来がどう変わるのかという視点でしっかりと考えていきたい。

TPPに関しての私の基本的な考えは「現在的に参加するのは反対の立場」である。
その理由はいくつもあるが、中でもTPPと日本の第一次産業(特に農業)が両立できるという保障も政策も確立されていないことと、今回のTPP参加は米国からの強力な圧力によるものであるが、従来の対米追従の外交では、結局は米国のいいなりになってしまうのではないかとの懸念が払拭できないのではないかの二つが大きな理由だ。
否応なくグローバリゼーションが進み、人、財、モノの移動による国と国の利害衝突が増加する国際社会の中にあって、日本の国民が不幸なのは、「外務省」という対外交渉を一手に担う官庁が、日本の国民の財産や尊厳を守ってくれる存在だとは到底思えないという現状にある。この国の外務官僚はいまだ冷戦終結を体得できず、米国のいうとおりにやっていけば安心だという刷り込まれた外交の公式だけを頼りに、現在進行形の問題を解決しようとしている。
日本がこれまで結んできたEPA(経済連携協定、註2)では、なぜだめなのか。TPP参加の際には最悪どのような問題が発生し、一方どのようなメリットがあるのかをまず明確に示すことが必要だが、外務省にしろ経済産業省にしろ、それすら出来ていない。
野田政権は農林漁業の再生に向けた基本方針、行動計画を10月20日に発表した。その大まかな内容は21日の朝日新聞朝刊に載っているが、まったくの拙速な作文という他はない。水田規模10倍、自給率50%をめざすとしているが、今までにもさんざん言われてきたことの繰り返しであって、特別目新しい具体的な行動計画を示すのではなく、「…を目指す」とか「…を検討する」というだけである。これではTPP締結後洪水のごとく押し寄せてくる海外からの生産物に太刀打ちできるはずはない。
もしTPPが本当に動き出したら、農林水産省によれば、食料自給率は現在の40%から14%程度になる。農業と関連産業を合わせると、国内総生産(GDP)の減少額は7兆9千億円で340万人の雇用が失われる、という。
TPPに参加する9カ国のうち日本はすでにシンガポール、ブルネイ、チリ、ベトナム、マレーシアと経済連携協定(EPA)を結んでおり、ペルーとも近く合意の見込みだ。残りは米国、豪州、ニュージランドの三カ国。このうち豪州とはEPAの交渉を始めているが、市場としては小さく、豪州が日本に輸出する天然資源はすでに関税ゼロ。日本にとっては畜産・酪農製品、麦、ナタネが流入するという意味しかなく、ニュージランドはその小型版でしかない。となると、残るは米国だけとなる。
日本にとってTPPとは日米自由貿易協定(FTA,註3)の別名に他ならないのだ。「だからこそTPP参加には意義がある。いまや韓国はすでに米国とFTAを締結しているし、TPPにも関心を示している。そうなると大変だ」。これがメディアや経済界の主張だ。本当にそうか。確かに韓米FTAが締結されたが、韓国国会では野党の抵抗でまだ批准はされていないし、批准がいつになるかメドさえ立っていない。
それに韓国は40%を海外貿易に依存しているが、日本の場合は15%である。また韓国では第一次産業、特に農業に対しては日本の3倍ほどの(GNPに対しての比率で)国家予算でサポートしているのだ。すくなくとも日本と比較にならないほど農業保護の具体策が決定されている。

以上、TPPの種目別の中でも主に農業について述べてきたが、TPPには農業他の一次産業以外でも医療、雇用、金融、保険、労働、投資、電気通信、環境、紛争解決など24の分野があり、各々のグループに分かれて協議が行われることになる。もう少し問題点を整理してみよう。
第一に農業対工業の図式にはめこんでいるが、上記のように農業は一分野にすぎない。国民生活に広範に影響する可能性が高いのに、具体的内容は何も明らかにされていない。手続きとしてはまったくおかしい。このままで首相が参加表明するというのなら、それこそ「だまし討ち」みたいなものだ。
第二にTPPは原則例外なしの関税撤廃である。米韓FTAはコメを例外にしているが、1割程度の例外が認められるFTAとTPPは違う。
第三にTPPは例外項目を決めたにしても、それ以外はすべて自由化するネガティブリスト方式をとっている。それなら最初に例外項目をしっかり決めることが不可欠だが、実際に今までの経過として例外はほとんど認められていない。
第四に、経済外交戦略としても非常に稚拙だ。米国との交渉を有利に運ぶ為には、日本と利害の共通する国でまとまってあたるのが筋だが、TPP参加国にはそんな国はない。発展途上国の資源輸出国がほとんどだ。最初から日本の要求が通りにくい枠組みになっている。
「アジアの成長力を取り込む」と言うが、中国・韓国はもちろん、アジアの主要な国は入っていないのにどうしてそういう話になるのか。完全なすり替えである。TPPで日本は、エネルギーも基地(軍事)も食料も米国に首根っこを押さえられることになり、平成の「開国」どころか完全な「属国」化だ。
とにかく戦後の日本が農業を再生するどころか衰退させてきているという事実を直視すべきだ。強い農業を養成し競争力をつける、と言うが、日本の一戸の平均農地面積の300倍の米国、1500倍のオーストラリアに生産費の面で太刀打ちできるとでも思っているのか。現実の農業を再生させることは「作文」を書けば実現するわけではなく簡単ではない。ましてや1000兆円を超える先進国でもずば抜けた赤字財政の国である。フランスなみに生産費用を90%も国が補助するというわけにはいかない。

野田首相の愛読書は『坂の上の雲』だそうである。ありきたりなのはいいとしても『坂の上の雲』の時代とは比べ物にならない複雑さで国のかたちを変えてしまう。
今のような米国に対する定型な対応ではなく、この国の未来と変化を基にした思考と議論を国を挙げて行い、人々が安心して暮らせるよう独自の姿勢をとってもらいたいものだ。

* (註1)TPPとは「環太平洋経済連携協定」(TPP=Trans Pacific Partnership Agreement)のことである。太平洋を囲む国々が国境を越えて人、モノ、カネの移動の自由化を目指す多国間の経済連携協定。2006年にシンガポールやニュージランドなど4カ国で始まった。現在米国や豪州などが加わった9カ国が交渉しており、11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議での大枠合意を目指している。
特徴は徹底した自由化路線を打ち出していること。および物の貿易については例外を認めず全品目について関税を撤廃することである。対象は物品貿易ばかりでなく公共サービス、政府調達、知的所有権、人の移動なども包み込む包括的協定である。公共サービスというのは医療や教育、福祉、上下水道など従来行政が担ってきた分野のことで、この分野にも内外無差別の規制緩和、外資導入、民営化を導入することになる。24分野でルールづくりを協議している。

*註2:EPA(経済連携協定、Economic Partnership Agreement)は、自由貿易協定(FTA)を柱として、関税撤廃などの通商上の障壁の除去だけでなく、締約国間での経済取引の円滑化、経済制度の調和、および、サービス・投資・電子商取引などのさまざまな経済領域での連携強化・協力の促進などをも含めた条約の名称として主に日本が用いているものである。
*註3:FTA(自由貿易協定 Free Trade Agreement)は、物品の関税、その他の制限的な通商規則、サービス貿易等の障壁など、通商上の障壁を取り除く自由貿易地域の結成を目的とした、2国間以上の国際協定である。地域経済統合の形態の中では、緩やかなものとされている。2国間協定が多いが、NAFTA(北米自由貿易協定)等の多国間協定もある。
                     (2011年11月1日記す)』
 

9・19から3・19へ

 投稿者:加山守  投稿日:2011年10月30日(日)13時02分51秒
返信・引用
  宗教界で原発についてのシンポが開催される。それも原発銀座の福井県の永平寺で、現代文明を問うものと。ご参考までに(ご存知かとおもいますが。)
私たちも次は3・19へと継続的に反原発の思いを繋げて行かなければなりませんね。
http://mini.asahi.com/news/OSK201110290085.html
 

9,19行動について

 投稿者:高橋  投稿日:2011年10月19日(水)20時01分36秒
返信・引用
  としぞさんへ。確かに、9,19日の扱いについては、東京新聞が、圧倒していました。しかし、その後の経緯でいえば、朝日の扱いは、かなりの変化をしています。最近は、ほとんど毎日、原発問題についての、記事を見ない日はありません。また、最近では、新聞週間特集として、どう伝えたのかについての、検証作業をしています。(毎日も)これらの、状況を見れば、はっきりとした意志を固めたように見えますし、我々は、その志をサポートしていくことだと思います。  

高橋さんへ(感想)

 投稿者:としぞーメール  投稿日:2011年10月18日(火)09時53分56秒
返信・引用
   高橋さんの「さよなら原発1000万人アクション9,19越谷連絡会の行動と今後の方向性について」を読んで…

気になったところですが、
(以下引用)
「この集会についての、マスメディアの扱いについては、様々ではあったが、遅ればせながらとはいえ、ことの深遠さについて考え始めるようになった。「私は、こういう社会に生きたい、という主張がはっきりした言葉が、路上にあふれていた」「民主主義が動き出す。私たちの民主主義に、新たなベージをきざむ」「日本のどこか深いところで、変化が起きている」「原発の在り方、自分たちで考え決めたい」等、また、この集会報道と同時に、原発ついての世論調査の報告を、一面に載せていた新聞では、「不便でも省電力65%」「原発徐々に削減60%」というものであり、脱原発を後押しするものとなった。
このように、9,19行動はマスメディアをも動かす、ものとなった。
(引用終わり)

実際、マスメディアが動いたとはとても思えません。むしろ、黙殺、あるいは封殺という態度ではなかったでしょうか。新聞各紙では、比較的書いていたのは東京新聞ぐらいで、その他は簡単に数行触れただけ。ニュースも同じく「集会・デモありました」程度。
あの大規模な集会を、意図的に矮小、卑小化しょうとしたといか考えられません。
ご承知のように、米国による戦後の日本国民総白痴化作戦の手段として活用されたテレビが未だその体質を維持継続かつ発展し、ますますその路線を強化しています。
こういった現状では、脳内を汚染されている大半の大衆を目覚めさせるためには、「毒を持って毒を制す」というように、先ずそのテレビ(マスメディア)の体質を変えないことにはどうもならないのではないでしょうか。
これからの運動のターゲットは、そこにこそ(マスコミ体質の転換)有るのではないでしょうか。

恐らく、日ごろくだらないテレビ番組をご覧にならない高橋さんへ、白痴化作戦中のテレビをよく見ているT生より。

http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html

 

Re: 明治公園での原発さようなら集会

 投稿者:加山守  投稿日:2011年10月 1日(土)13時11分1秒
返信・引用
  吟遊視人さんへのお返事です。

当方も参加して来ました。その時の写真を掲載させていただきます。
集会中に上空の報道ヘリがうるさく壇上の演説が聞き取れなかったですね。

福島の方々が「怒」の旗を掲げてデモをしておりました。(掲載写真)
全体的におとなしいデモでしたが、デモを始めるとき「ワーッショイ」と聞こえて
戦闘的デモか?と隊列を見ると釜ヶ崎日雇労働者組合の方々でした。
(ジグザグはしませんでした。)

> 下記は「The japan Times」に載った写真です。
> 「赤旗」の日曜版にもこのような写真が載っていました。
> 朝日は「脱原発」の論調になったにもかかわらず、このときの取り扱いは小さかったですね。
 

明治公園での原発さようなら集会

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2011年 9月29日(木)23時50分37秒
返信・引用
  下記は「The japan Times」に載った写真です。
「赤旗」の日曜版にもこのような写真が載っていました。
朝日は「脱原発」の論調になったにもかかわらず、このときの取り扱いは小さかったですね。
 

高橋さんの書評

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2011年 9月29日(木)23時42分52秒
返信・引用
  2011/9/25
  本の紹介(その18)
                                  高 橋
○はじめに
 久しぶりに、デモに参加した。「さよなら原発1000万人アクション」の、集会とデモである。越谷地域では、その趣旨に賛同してもらおうと、100人を目標として活動してきた。
 当日は、バス二台と、電車組に分かれての参加であった。バスでいったこともあり、代々木公園には、少し早めについた。会場は、まだ、人がまばらであった。
 しかし、集会が始まる頃には、会場内での動きが取れなくなるほどの人で埋まった。
 後で聞いたら、電車組は、ホームが満杯で降りられず、一駅先から歩いてきたという。そして、多くの人たちが会場内には入れず、周辺の歩道での待機ということになったと
いう。主催者の発表で、6万人という人かあつまった。この種のデモでは、例のない集まり
であり、参加者の構成にしても、全国から多種多様な人々の参加であった。
 今回の集会を含めて、原発に対する様々な動きは、これからも継続されるだろうし、そうしていかなければならないことを、改めて参加者全員が感じたのではないか。
 その意味でも、今回集会の成功は、歴史的な「さよなら原発」の一歩と言えることである。(参加できなかった人からのメールには、集会の様子をテレビで見て、感動したことが綴られていた)
 さて、政治の話で言えば、野田内閣の誕生である。(この件については、別に文書を書いた)「どじょう」のよう、泥臭く、はいつくばって、「有言実行」を宣言しての出発であったが、早々の大臣の辞任によって、早くもダメージを受けた。また、国会の会期を巡って野党の反発を招き、出だしで躓いているようである。しかし、こんなことで、政治を遅らせることはできないし、野党の抵抗については、世論も批判的である。
 野田内閣とは、単に民主党の再生に向けた政権ではなく、これからの国づくりに向けた、まさに、転換期日本の行く末を領導していく、実行内閣である。
 そのためには、国会での論議を、揚げ足とりでもなく、スキャンダル云々ではなく、建設的な議論の場にしていかなければならない。
 我々国民は、そのことを踏まえて、政治を見ていくことが必要である。
 今月の紹介本について、またしても、原発関連となるのは、原発問題を。より根源的な視点で考えることが求められている。という、著書と「脱原発」についての、具体的な行動の呼びかけを行っている著書があったので、どうしても、紹介したいと考えたことである。
 今回のデモに参加して、昔を思い出した。この代々木公園では、なんども集会を行い、デモもした。しかし、こんなに和やかで、にぎやかなデモははじめてであった。そして、交通秩序を守り、のんびりとしたデモの隊列が続いた。これが、新しいというか、最近のデモの形であることを感じた。
○「日本の大転換」中沢著 集英社新書(2011年8月刊)
 著者は、今回の大災害の全貌が、いまだ明らかになっていない中で、しかし、これらの出来事の推移のいかんにかかわらず、いまの時点で確実に言うことができる、一つの明白な事実は、今回の出来事を境として、日本文明が根底からの転換を遂げていかなければならなくなった。という事実である。それは、もとどおりの世界に「復旧」させることなどは到底できないし、また、してはならないことだ。私たちは、否も応もなく、未知の領域に足を踏み入れてしまったのである。という。
▲「津波と原発」
 地震は、地球の内部で起こる急激な変動によって引き起こされる。特に海底で起こる地震の場合には、マントル最上部と地穀の境界面にできた、揺れ動くプレートにたまった歪のエネルギーが、放出されることによって起きる。その時、断層のずれ動きや跳ね上がりが起こり、周囲の岩石が破壊され、海水を一気に持ち上げる。こうして発生した津波が、海岸部に押し寄せてくる。
 私たち人類は、他の生き物たちと一緒に、地球の表層部(地穀)を覆っている、暑さわずか数キロに満たない、ごく薄い層に形づくられている「生態圏」を、自分たちの生存の場所としている。
地震は、この生態圏の直下で起きる、巨大なエネルギー現象であり、大地は揺れ、いたるところに亀裂が発生する。同時に起こる津波は、おびただしい海水をすさまじい速度で陸地に流れ込ませる。こうして津波は、人間が作り上げてきた人口的な世界や、動植物、鉱物の形成してきた生態系の秩序を、丸ごと飲み込み、破壊していく。
しかし、大地の揺れが収まり、すざまじい爪痕を残して津波がさっていくと、そのあとは、生物のほとんどが同じ場所で、もとどおりの生態系の秩序を回復しようとする活動を再開することができた。日本人は、長い歴史の中で、繰り返し地震、津波に襲われては、そのたびに自分たちの世界を再建してきた。
しかし、原発事故が発生し、放射能物質がばらまかれてしまうと、その土地では、何年にもわたって、生物が生存することが困難になる。
なぜか、それは、原子力発電そのものが、生態圏の外部に属する物質現象から、エネルギーを取り出そうとする技術であることに原因がある。
 この、生態圏の外部、地球をも包み込む「太陽圏」の物質現象が生態圏に及ぼしたものの影響を、長い時間をかけてでも、癒していく能力を、私たちの生態圏はもっていないのである。今回の原発事故は、はからずしも、私たちの前に、新しい知の形態の出現を促すことになった。原発建設は、産業界からの強い後押しによって進められてきた。
その産業は、経済と一体であり、この経済の在り方が、私たちの生活や意識の質を決定している。それは、生態圏の外部である太陽圏からのエネルギーの持ち込みという技術的な問題が、私たちの実存と一体になっていることがわかる。地球科学と、生態学、経済学と産業工学、社会学、哲学が一つに結合した、新しい知の形態でも生まない限り、私たちが直面している問題に、正しい見通しを与えることはできない。その新しい、知の形態について「エネルゴロジー(エネルギーの存在論)」という、名前にしたい。
 太陽から放射される、膨大なエネルギーの一部は、地球上の植物のおこなう光合成のメカニズムを通じて「媒介」されることによって、生態圏に持ち込まれている。
 こうした、植物や動物がバクテリア等によって分解、炭化され、化石化したものが石炭、石油なのである。こうして、生態圏の中で何段階もの媒介メカニズムをへることによって、
化石燃料は作られてきた。
 ところが、原子炉は、このような生態圏との間に形成されるべき媒介を、いっさいへることなしに、生態圏の外部に属する現象を、生態系の中に持ち込む技術である。
 生態系の外部から、無媒介に持ち込まれた現象を扱う装置として、原発は人類のエネルギー革命の歴史の中で、類例のないテクノロジーなのである。「安全神話」というが、無媒介の現象に対しては、実際にはまったくお手上げなのである。神話とは、媒介のメカニズムをつかって生態圏の出来事を解釈する、哲学的思考のことをいう。それ以後に発達したすべての哲学にも、この媒介の本質は保たれている。その意味で、人口原子炉の建設と、それに続く原爆の製造、原子力発電の発達は、それまでの哲学に対して、深刻な挑戦を突き付けてきたのであった。
▲一神教的技術
 人類は、ようやく18世紀後半になって、化石燃料をエネルギー源として利用し始めた。
 そして、産業革命が起こった。この時のエネルギー革命は「遅延」を特徴としていた。
 それは、遠い過去の時間に属する、太陽エネルギーを掘り起して、燃やすことによって作動していたことである。
先史学、文明論には、エネルギー革命の歴史を、次のように七つの段階に分類している。
A,第一次革命―火の獲得と利用。火を発火させ安全に保存する技術が開発されることによって、「炉」を中心とする「家」というものができた。
B,第二次革命―農業と牧畜が発達して、新石器時代が始まる。農業は余剰生産物を生み出して、交換経済が発達するようになり、初期の都市が形成される。
C,第三次革命―家の「炉」から冶金の「炉」が発達した、金属が作られるようになる。同時に、家畜、風力が、エネルギー源として利用される。金属の武器の発達は国家を生み出す。
D,第四次革命―火薬が発明される。14世紀~16世紀のことである。科学反応の速度を高め、燃える火から、爆発する火への移行である。
E,第五次革命―石炭を利用して、蒸気機関を動かす技術が確立する。産業革命が起こる。
F,第六次革命―電気と石油。19世紀の西欧では、電気が新しいエネルギーとして発達する。原子を構成する電子運動から、エネルギーを取り出す技術である。電子の運動は、電磁波をつくりだし、電波通信の技術が発達した。石油が新しいエネルギーとして注目され、大規模な油田開発が始まる。自動車産業の発達。そこで形成された「フォード主義」は、現代資本主義のモデルとなった。
G,第七次革命―原子力とコンピュータの開発。いずれも、第二次世界大戦の刺激によって発達した技術である。コンピュータは電子の量子的ふるまいを、情報処理に利用した技術であるが、この技術がなければ、原子力コントロールは、不可能である。
 以上のエネルギー革命を見て、いえることは、第六次までは、人類は原子核の内部にまで踏み込んで、エネルギーを取り出すことをしなかった。ところが、第七次が実現し「原子力の利用」だけが、原子核の内部にまで踏み込んで、分裂、融合を起こさせ、化学反応、電気反応で及ばない、膨大なエネルギーを物質の中から取り出した。これによって、生態圏の「内部」に、本来あるはずのない「外部」が持ち込まれることになった。エネルギー技術の領域では、初めての事態である。
 しかし、思考の領域では、すでに現実となっていた事実を、忘れてはならない。それは、他ならならぬ一神教「モノテイズム」である。原子力技術の、宗教思想における対応物が一神教なのである。
 その思想は、3千数百年前、第三次エネルギー革命のさなかの中東で誕生した。立役者はモーゼで、ユダヤ民族の先祖を祀っていた神との出合い、会話を通して、抽象そのものの神であり、絶対的な神で、むしろ環境世界の外部について、そこから世界そのものを創造した神である。ユダヤ民族は、この絶対的な超越の神を信じなければならない。
 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三つの一神教のすべてにおいて、モーゼがもたらした思想革命の精神が生きている。一神教が重要なのは、それに特有な「超生態圏」的な思考が、西欧においてキリスト教の衰退後に覇権を握った、世俗的な科学技術文明の深層構造にも、決定的な影響を及ぼしているからである。
 このような意味で、原子力技術は一神教的な技術であり、ユダヤ思想的な技術である。
 原子核物理学を創造した科学者と、それを利用して原爆や原発を開発した科学者の多くが、ユダヤ人であったという歴史的な事実を指して、そういっているのではない。生態圏に「外部」を持ち込もうとするその思考方法が、二つを接近させてしまうのだ。
▲資本の「炉」
 私たちは、原子力発電の技術が、生態圏外部のエネルギー現象を、生態圏内部に持ち込む技術であることを、明らかにした。それに対して、資本主義という経済システムは「社会」という人類にとって大きな意味を持つ、「サブ生態圏」の内部に、それとは異質な原理で作動する「市場メカニズム」を持ち込んで、社会そのものを変質させてきた。
 原子力と資本主義は、生態圏に対する外部性の構造によって、お互いが兄弟のように似ている。生命的な生態圏と精神的な生態圏にたいして、両者は類似の外部的な振る舞いを行うことによって、これら二種類の生態圏に深刻なリスクをもたらすのである。
 資本主義システムは、次のような三重のリスクを発生させる。
A,市場メカニズムで運動する資本主義は、人間の心がつくるサブ生態圏である「社会」を、解体する可能性をはらんでいる。核技術と違って、資本主義はもともと生態圏の内部に発生した現象であるが、核分裂と同じように、人類に特有な社会と呼ばれる、特別なサブ生態圏を破壊する可能性をもつものである。これは、市場と社会とが、異なる理法で作動していることに起因している。
B,資本主義は成長しなければ、衰退ないし停止に向かうシステムである。この点は、原子炉ときわめてよく似ている。核分裂の連鎖反応が続かなければ、原子炉は稼働できないが、そのためには、中性子の増倍率が1以上でなければならない。資本主義の場合も、利潤率が1以上でなければ成り立たないからである。成長を持続できるシステムであるために、資本主義は大量生産、大量消費を世界に要求する。そのために、資本主義は資源とみなされる生態圏の一部を、無制限に開発、消費することによって、生態圏のバランスを破壊する。また、大量消費が行われることで、莫大な量の産業廃棄物や、生活廃棄物と並んで、大量のCO2が排出され、生態圏にとって極めて重大なリスクを生み出している。
C,原子の「炉」を、もっとも重要なエネルギー源とする、産業形態を発達させることによって、生態圏をリスクにさらす。特に、現代の日本において著しい。
原子力発電は、その原理からいって、生態圏の外部に属するものを、内部に持ち込む技術であるが、日本ではそれがまるで、別の種類の「新しい自然」であるかのようにして、資本主義システムを稼働させる「炉」として、生態圏の中に設置されてきたのである。それが、異常な事態であることを、地震と津波という生態圏の強度現象が、まざまざと、私たちに見せつけてくれた。
 最後に、日本文明は、ユーラシア大陸がみずからを太平洋に押し出してつくった「リムランド」(周縁のクニ)の列島上に形成されてきた。この列島は、地質学的に安定していない。たくさんの火山を抱え、海底ではいくつものプレートが複雑に出会い、それらのプレートに内包された運動エネルギーの危うい均衡の上に、私たちの島弧が乗っている。
 ユーラシア大陸の中心部から外れた周縁のリムランドであったこと、足の下の大地がまるで生きた鯰のように不安定な運動を続けてきたこと、こうした条件は、そこに形成されてきた日本文明の本性にも、大きな影響を及ぼしてきた。
▲リムランド文明の再生
A,原子力発電という技術体系は、エネルゴロジーの構造において、致命的な欠陥を抱えている。生態圏の内部に太陽圏的物質現象を無媒介的に持ち込む、その技術思想は、今の人類の知識段階では、生態圏の中で安全に運用することが、極めて困難である。さらに、大量の放射性廃棄物を、安全に処理することもできない。
 エネルコロジーの視点からは、原子力発電からの脱出こそ、人類の選択すべき正しい道である。
B,太陽光発電、風力発電、バイオマス発電等の、「自然エネルギー」の開発と普及は、第七次エネルギー革命の時代を、ゆっくりと終焉に向かわせ、新しいエネルコロジーの秩序である、第八次エネルギー革命の時代を開始させることになる。これらのエネルギー技術は、太陽が放射するエネルギーを地球で受け止め、生態圏の内部に媒介的に持ち込む手だてとして、開発されてきた。原始の地球に、原始的な植物が始めた生態圏生成の運動を、人類は科学技術をもって模倣することによって、再開しようとしているのである。
C,エネルギーの存在論における、このような転換は、人類の経済活動全体にも、大きな転換を生みだしていくことになる。第八次エネルギー革命は、経済活動に「贈与」の次元を回復することになる。かっては、この贈与の次元が活動することによって、社会と市場経済の間をつなぐインターフェイス構造が働き、市場が自閉的な運動に向かっていくのを阻んでいた。しかし、大規模な復活を誘発していくことになる。
 資本主義の全構造が、それによって変容を起こすことが予測される。マルクスがかたった「株構造が、上部構造を規定する」という言葉は、このような事態までに拡大して理解する必要がある。
D,地球生態圏の中で、展開されたエネルゴロジー的進化の中から、人類の心は生み出された。第八次エネルギー革命の生み出すものは、その人類の心の本姓との親和性が極めて高い。人類の心は、アナロジーの機構によって作られている。そのために、言葉と言葉、概念と概念の間は、のりしろの部分をなすインターフェイス構造によって、相互につながれている。矛盾のない、明確な概念だけを組み合わせて、私達は思考していない。具体性の世界は、インターフェイス構造を働かせながら、つくりだされている。
 科学に内在する過激な抽象主義は、思考内部で働いてきた、このようなインターフェイス構造に、抑圧を加えようとしてきた。私たちは、原子炉の設計思想のなかに、インターフェイス構造を否定する科学思考の、もっとも過激な表現形態を見出した。大八次エネルギー革命は、ゆっくりと、そのような過激主義を変質させていくだろう。
 モダニズムの真の乗り越えは、ここから始まるのである。

▲これまでの、原発についての著書とは、一味違った視点を持って、日本文明の大転換を述べているのに、強い興味を持ったので、紹介したいと思った。

○「福島の原発事故を巡って」山本著(2011年8月刊)
 著者は、今回の事故について、この間いわれてきた「技術的な欠陥や、組織的な不備、予測の誤り」等が問題なのではなく、本質的な問題について考えることが重要だという。
▲日本における原発開発の深層底流
A,原子力平和利用の虚妄
 一基、何千億という原発建設は、交付金等によって、ゼネコン、原発メーカ、セメント等にお金が流れ込み、それらの一部が政治家に還流し、エリート官僚の天下り先が形成されるという、政、官、財が群がる利権集団の存在があり、同時に米ソを中心とした、核兵器競争がもたらした、戦後国際政治の特異な状況と、それに敏感に反応してきた、戦後日本の支配層の政治的意図があったことを見なければならない。
 「原子力の平和利用」は、世界大戦中の原爆製造計画「マンハッタン計画」の延長線上にある。当初は、開発した核技術を秘匿し、核兵器の独占的所有の維持をもくろんだが、ソ連の核兵器開発が成功したことによって、原子力発電を民生用に開放することで、専門的な核技術の維持と、その不断の更新、核技術者の養成を民間のメーカと電力会社に担わせるのが得策という判断に切りかえた。
 1954年、日本で初めて原子力予算が提出され、翌年には原子力基本法を成立させた、中曽根をはじめとする、国家主義的な政治家たちは、産業政策の観点から原子力を将来のエネルギー政策の一環として位置づけていた以上に、パワーポリティックの観点から核をめぐる国際政治の状況を敏感に感じとっていた。さしあたり、核の技術を産業規模で習得し、核武装という将来的選択も可能しておくという、大国化の夢であった。それゆえ、その後の原子力発電は、私企業としての電力会社の自発的な選択としてではなく、政権党の有力政治家とエリート官僚の強いイニシアティブで進められた。
 60年は安保闘争の年でもあれば、三池闘争の年でもあった。それは、石炭から石油へのエルネギー政策の転換でもあった。また、同じ年に、東大工学部にはじめて原子力科が設置された。58年に原子力発電にむけて、アクセルを踏んだのは岸であった。
 岸の回顧録には、「核兵器保有の潜在的可能性を高めることによって、軍縮や核実験禁止問題等について、国際的発言力を高めることが出来る」というように、既にこの時点で、原子力発電の真の狙いは、核技術を有すること自体、核兵器を作りだしうるという意味で、核兵器の潜在的な保有国にすることに置かれていた。さらに、岸は「現憲法下でも、核兵器の保有は可能」といい、59年には「防衛用小型核兵器は合憲」ともいっている。
B,学者サイドの反応
 初めて、原子力関連の予算がついてから、60年に至るまで、原子力開発は、学者の頭越しに進めなれた。「自主、民主、公開」を「原子力平和利用の三原則」を掲げる学者たちの運動もあったが、非力であったし、学者たちにも共有されていた、科学技術の発展にたいする、楽天的で無批判な信頼が、「原子力の平和利用」という幻想を支えていた。
 また、科学者たちが戦争への「反省」として語ったのは、米国との「科学戦」に敗北した、自分たちの力不足であった。そこから見えるものは、困難を克服して核エネルギーの「実用化」を達成したことは、「人類の偉業」「科学技術の精華」と映るのも不思議ではない。しかし、それは学者だけではなかった。マスコミも同じレベルであったし、漫画「鉄腕アトム」は象徴的であった。
C,その後のこと
 50年に導入された原子炉は、黒鉛炉であった。(英国製)63年以降は、アメリカ製軽水炉にかわったのは、黒鉛炉は原爆製造のために建造されたもので、その副産物としてプルトニウム生産が、日本の核武装に繋がることを、米国が懸念したことであった。
しかし、82年の新日米原子力協定により、プルトニウム規制は大幅に緩和され、使用済
み核燃料から核分裂物質を抽出して再利用する、核燃料サイクル形成に向けて、核燃料再処理施設、高速増殖炉、ウラン濃縮施設の建設にゴーサインが与えられ、プラトニウム大量保有の道が開けた。
 そして、潜在的核兵器保有国の状態を維持し続け、将来的な核兵器保有の可能性を開けておくことが、戦後の日本の支配層に連綿と引き継がれた、原子力産業育成の究極の目的であり、原子力発電推進の深層底流であった。
▲技術と労働の面からみて
A,原子力発電の未熟について
 原子力の開発、核力のエネルギーの実用化は、38年から翌年にかけて、中性子を照射されたウランの核分裂を発見し、その際放出されるエルネルギーの巨大さが理論的に評価され、二個以上の中性子が発生することから、連鎖反応の可能性が明らかになったところからはじまった。そして、マンハッタン計画において、最短時間で原子爆弾が製造された。
 当然、多くのことを犠牲にして、未解決の問題を放置して作られた。戦後「平和利用」として民生用に転用された技術は、極めて未熟で欠陥を有していた。
 科学技術は、科学理論の生産実践への適用である。実験室の理想化された環境で、十分に制御された微小対象に検証された理論から、様々な要因が複雑にからみあった大規模な生産までの距離は大きい。
 化学理論から、化学工業までの距離は大きく、そのため、しばしば公害を生み出し、また、事故も生じた。しかし、原子核物理学から原子核工学―核兵器生産、原子力発電までの距離はさらに大きく、困難と問題を内包している。
 原子炉でも原爆でも、エネルギーの発生は、天然のウラン鉱中にわずかしかないウラン235ないし、原子炉内でつくりだされるプラトニユウム239の原子核の核分裂による。
原子炉では、制御された核分裂によって発生する熱を用いて、蒸気タービンを回し発電する。原爆ではそのエネルギーを一挙に解放させる。ここに235とか238は、原子核を構成している粒子(陽子と中性子)の総数であり、核反応ではその数が保存される。
したがって、核分裂によっても、分裂後の破片を構成する粒子の総数は、分裂前と変わらず、質料減少はもとの千分の一以下で、物質がなくなるわけではない。実際には、核分裂では元の半分程度の質量の二つの原子核、たとえば、ストロンチウム90やセシウム137などと、その他いくつかの小さい原子核や中性子ら分裂、分裂前後の結合エネルギーの差が分裂でできた破片の運動エネルギーとして放出される。つまり、核分裂では必ず多数の破片が生み出され、元の燃料とほぼ同じ質科の核分裂生成物が「死の灰」である。その量は、百万キロワット原発一基を一年間稼働させるとして、広島原爆の千倍である。
原発の放射性廃棄物が、有毒な放射能を放出するという性質は、原子核の性質であり、それを科学的処理で変える事はできない。つまり、無害化、寿命の短縮も事実上不可能な有毒物質を稼働にともなって、生みだし続ける原子力発電は、未熟な技術といわざるをえない。
B,原子力発電の隘路
 核分裂生成物(死の灰)を含む、使用済み核燃料は、隔離状態で長時間かけて冷却され、そのうえで再処理、つまり残存するウラン、プラトニユムを抽出してから、永久保存される。
 これが「高レベル放射性廃棄物」である。その他に、原子炉のメンテナスや定期検査の過程で生じる、放射線に汚染された各種の物質が、「低レベル放射性廃棄物」も大量に発生する。さらに、原子炉自体も何年かで廃炉になる。これも、「高レベル放射性廃棄物」である。このように、原発は危険で厄介な「放射性廃棄物」を生み出し続け、人間の生活圏から離れたところに、厳重に貯蔵保管されなければならない。これらの廃棄物は、半減期が2万4千年で、無害になるには50万年の時間を要するのである。
C,原発稼働の実態
 原子力発電を推進する様々な根拠が、「原発クリーン」「地球環境やさしい」であった。
 原子炉は、稼働に伴い放射性廃棄物を生み出すだけではなく、燃料のウラン鉱石の採掘るから、使用済み核燃料の最終処理に至るまでの全過程で、放射性物質の環境への放出は防げない。
 定検では、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れる。また、原発はすごい熱を出すので、海水で冷やし、海に捨てている。それが、放射能を含んだ温排水で、1分間に何十トンにもなる。さらに、放射能を有する気体も大気中に放出されている。このように原発は、それ自体が放射能と熱の二大汚染源である。
 原子力発電は、日常的に地球環境を汚染し、危険で厄介な廃棄物を生み出し続け、その影響を何十世代も先の人類に負の遺産として押し付けている。
さらに、労働環境としても原発は「クリーン」ではない。ウラン鉱石の採鉱にはしまり、原子炉の清掃やメンテナス、定期点検、補修、廃棄物の再処理、廃炉の解体の全過程において、放射線を浴びる危険な労働を必要としている。
D,原発事故について
 安全という、宣伝にもかかわらず、原発はこれまでも、多くの事故を引き起こしてきた。
 原因は、設計ミス、施工ミス、操作ミス等、様々である。原子炉は、極めて大規模な構造物で、数多くのさまざまなサイズの溶接された配管や弁が付属し、それらの大部分が、遠隔的に操作される複雑な構造を有している。元技術者は、原発を「配管のオバケ」「あまりの多くの重い配管が複雑に配置され、非常に不安定な支持機構しかもっていない」「本来想定して計算に組み込むべき要素、地震波と鉄骨の共振等が考慮されていない上に、人間のミスがいくらでも入り込む余地がある」という。
E基本的な問題,
 上記の他に、基本的な設計上の欠陥と、組織上の問題も指摘されてきた。今回事故を起こした、福島と同型の「マーク1型軽水炉」を設計した、米国の安全性を評価する技術者が、「冷却水が失われたときに、その格納容器が圧力に耐え切れなくなるという欠陥を見出し、世界で操業中の同型炉をすべて停止せよ、と主張したが」会社は、受け入れなかった。
 さらに、「問題なのは、設計上の欠陥と設計、建設、運転における不十分さが積み重なって、原発は必ず大事故を起こす。それが、何時、何処で起こるのかである。」という。
▲科学技術幻想とその破綻
A,16世紀文化革命
 西洋近代社会の、最大の発明品の一つは、科学技術である。科学と技術ではない。客観的法則として表される、科学理論の生産実践への、意識的適用としての技術である。
 それを発明したがゆえに、西洋近代に生まれた文化が、世界を席巻するに至っている。
 現在の科学技術の「隆盛」は、通常17世紀科学革命といわれる、西ヨーロツパの文化的変動に始まる。
 それ以前では、哲学、神学、文学のすべての世界で、技術は自然には及ばないと考えられてきた。ギヨーム「すべての技は、創造主の技化、自然の技、自然を模倣する職人の技のいずれか」フーゴ「業には3種類あり、神の業、自然存在の業、自然存在を模倣する技術者の業がそれである」これらは、「技術」が作るものは、「まがい」であり、自然に劣る不完全なものとしている。
 この状況が、大きく変化したのがルネサンス期であった。キリスト教社会では、異端と見なされ日陰に追いやられていた、魔術思想やヘルメス主義が公然と、語られ始めたことで特徴づけられる。ヘルメス「人間は神的な生き物であって、神々と呼ばれる者にこそ、比べられるべきである」ミランド「人間は偉大なる奇跡であり」「人間は、望むものをもち、欲するものになることが許される」と宣言した。そして、ルネサンス後期(16世紀)の自然魔術は、それまでの妖術とは異なり、人間は、デーモン(悪魔)に頼ることなく、自然の法則に随順することによって、秘められた自然の力を使役しうるという可能性を公然と語り始めた。ビコは自然魔術を「自然哲学の絶対的完成」と規定している。実際それは、自然的事物はすべて霊魂を有するという、物活論及び世界は(共感)と(反感)のネットワークからなるという、有機体的自然観に元づくものであれ、近代科学技術思想の先駆であった。
 そして、この時代に自然魔術師や技師や職人は、自身が開発し蓄積してきた技術ノウハウを、折から出現した印刷出版によって公開していった。これが、「16世紀文化革命」であり、知の世界の地穀変動の過程であった。
B,科学技術の出現
 さらなる変化は、それまで、手仕事を蔑み、論証技術に長け、もっぱら古代文献の解釈に明け暮れていたエリート知識人のうちに、職人や魔術師に担われていた、知の在り方の有用性を認めるものが出現したときに始まった。
 自然認識における、近代への転換を象徴しているのが、ガレリオの実験であった。(論証省略)この、ガレリオの実験の意義を、カントは、「理性は一定の不変の法則に従う理性判断の諸原理を携えて先導し、自然を強要して自分の問いに答えさせなければならない」ベーコンは、「自然の秘密もまた、その道を進んでゆくときよりも、技術によって苦しめられるとき、よりいつそう正体を現す」ジョセフは、「自然は、より穏やかな挑発では明かすことのできない、その秘められた部分を、巧みに操られた火の暴力によって自白する」まで、17世紀の論客に共通する、能動的な、というより、むしろ攻撃的な実験思想に発展していく。さらに、ケプラーやフック、ニュートンによって、かっては魔術的文脈で語られていた、自然の力に対する物理学的で数学的な把握―力概念の脱魔術化が進められていった。
 その延長線上に、科学技術による自然の征服という思想が登場する。ベーコン「技術が自然と競争して勝利を得ることにすべてを賭ける」自然研究の目的は、「行動により自然を征服する」とにあった。デカルトもまた、「実践的な哲学」によって「私たちは自然の主人公で、所有者のようになることが出来る」といっている。
 これら、ガレリオの実験思想、デカルトの機械論、ニュートンの力概念による機械論の拡張、ベーコンの自然支配の思想を背景に、近代の科学技術思想が形成されていった。
 この近代科学は、学の目的であった「事物の本質の探究」を「現象の定量的法則の確立」に置き換えただけでなく、魔術における物活論と有機体的世界像を、要素還元主義にもとづく機械論的で数学的な世界像に置き換えることで、説明能力において、極めて優れた自然理論を作りだした。しかし、同時に近代科学は、己の力を過信するとともに、自然に対する畏怖の念を忘れ去っていったのである。
C,科学技術幻想の肥大化とその行く末
 18世紀の後半に、ワットによる蒸気機関の改良と、その大規模な実用化のころまでは、技術が先行し、理論は後追いであった。ようやく、19世紀中期になって、先行する技術的発展に、熱力学理論が追いついた。それまで、動力源としては、水力、風力、そして、畜力、尽力しか知らず、火力はせいぜい暖房、調理のために使われていた時代に、蒸気機関、熱の動力としての使用、実用化と発展は、西欧社会に大きなインパクトを与え、科学技術の無際限の進歩という概念を一挙に肥大化した。
 同時期に物理学では、電磁気学の形成が進められていた。電池の発明は科学結合のエネルギーに、電磁誘導の発見は、運動エネルギーがともに、電気エネルギーに変換されることを明らかにした。これが、現在に至るまでの電気文明の始まりであった。そこから、電熱器、電動モーター、発電機、電信装置等がうみだされていった。
D,国家主導科学の誕生
 マンハッタン計画は、ニューディール政策の延長線上にあり、戦後の核産業化としての「平和利用」も、国家主導であった。
マンハッタン計画は、当時、ほとんど知られていなかった、ウラン酸化物や、まったく未知の元素プラトニウムの化学的性質の解明といった、基礎研究に始まり、プラトニュウムの化学的分離、自然界には極めて僅かしか存在しない、ウラン235を濃縮して抽出する工程の開発から、それを大規模に実践するための大工場の新設、プラトニウム生産のための原子炉の設計と建設、ウラン235の連鎖反応のための臨界値の決定、連鎖反応が瞬間的に、かつ完全に生じるようにするための爆薬の配置法、それらを計算するための大型計算機の開発、等、多方面にわたる極めて多くの理論的、技術的問題の解決を必要とした。
抽象的で微視的な原子核理論から、実際的で大規模な核工場までの、長く入り組んだ途すじを踏破する、その過程は、私企業を超える巨大な権力と、その強固な目的意識に支えて、初めて可能となる。
アメリカは、マンハマッタン計画の成功を受けて、戦後科学技術振興に積極的に介入していった。実際、20世紀後半からの、宇宙開発競争のような、巨大科学技術は、官軍産の強力な指導の下に、大量の学者、技術者が計画的に動員されることで可能となったのであり、政治的、軍事目的、経済的目的であるからにして、目的の実現という大前提に対して、疑問を提起することは許されず、枠内での課題の達成に向けて、自己の能力発揮だけが求められた。
その、技術者たちは、「原子力産業は、個人個人の活動がつみ重ねられたときにおこる衝撃の大きさについては、僅かの理解力しかもたない視野の狭い、専門家たちの産業になっている」「原発は、技術的な怪物になってきており、だれが制御しようとしても、その正体を明らかにすることはできない」というように、それは、国策としてすすめられる巨大科学技術の宿命である。
E,原発ファシズム
 日本における原発開発も、同じ道を歩んできた。戦後日本における、9つの電力会社による独占体制も、そのルーツは戦時統制経済と電力国家管理にあった。その大電力会社が、旧財閥系大企業とともに「国策民営」として、原子力開発を支えてゆく。
 しかし、市場原理にゆだねたならば、その収益性からもリスクの大きさからも忌避されるであろう、原子力発電に対する、異常なまでの国家の介入と電力会社にたいする、手厚すぎる保護は、弱者保護の対極にあり、きわめて由々しい結果をもたらしている。
 この、強力な中央官庁と巨大な地域独占企業の二人三脚による、その危険性からも政治的観点からも、もともと問題が多く、国民的合意も形成されていない原子力開発への突進は、ほとんど暴走状態をもたらした。多額の交付金によって、地方議会を切り崩し、地方自治体を財政的に、原発反対が出来ない状態にし、贅沢な宣伝費を投入して、マスコミを抱き込み、頻繁に生じている小規模事故、不具合の発覚を隠蔽し、安全宣言を繰り返し、寄付講座という形でのボス教授の支配の続く大学研究室を丸ごと買収し、地元やマスコミ、学界から批判者を排除し翼賛体制を作り上げていくやり方は、まさに「原発ファシズム」というべき様相を呈している。かくして、政、官、財一体となった「怪物的」権力が、何の掣肘もうけることなく、推進させた原子力開発は、そのあげくに福島の惨状を生み出したのである。
 経験主義的にはじまった、水力、風力、火力といった自然動力の使用と異なり、「原子力」
という核力のエネルギーの技術的使用は、純粋に物理学理論のみにもとづいて生みだされた。これまでの、すべての兵器が技術者や軍人によって、経験主義的に形成されていたのとは異なり、核爆弾は、その可能性も作動原理も、百パーセント物理学者の頭脳のみから導きだされた。原子炉は、そのパイブロダクトである。その意味では、初めて、完全に科学理論に導入された純粋の科学技術が生まれたことになる。しかし、それは、巨大な権力に支えられて、初めて可能となったのであり、人間のキャパシティーの許容範囲の見極めを超えたと思われる。
 原子力は、「人間に許される限界」を超えていると判断しなければならない。
 第一に、そのエネルギーは、ひとたび暴走を始めたならば、人間によるコントロールを回復させることが、ほとんど絶望的なまでに大きい。石油コンビナートが爆発しても、何週間で鎮火され、再建が可能である。しかし、チェルノブイリにしても、福島にしても、大原発事故の終息には、何世代の時間を要するだけではなく、その跡地には、何世代に渡って、人間の立ち入りを拒む。このようなリスクは、個人はもとより企業でさえ負うことはできない。さらに、廃棄物は数万年にわたって管理を要するということは、人間の処理能力を超えている。
第二に、原子力発電は建設から稼働のすべてにわたって、肥大化した官僚機構と複数の巨大企業からなる、「怪物」的大プロジュクトであり、その中で個々の技術者、科学者は主体性を喪失してゆかざるを得なくなる。
日本人は、ヒロシマとナガサキで被爆しただけではない。今後日本は、フクシマの事故によってアメリカとフランスについで、太平洋を放射性物質で汚染した三番目の国として、世界から語られることになるだろう。また、大気圏で原爆実験をおこなったアメリカ、ソ連と並んで、大気中に放射性物質を大量に放出した国の仲間入りもしてしまったのである。
こうなった以上、世界中がフクシマの教訓を共有するべく、事故の経過、責任を明らかにして、そのうえで、率先して脱原発社会、脱原爆首魁を宣下し、そのモデルを世界に示すべきだろう。
▲著者が、物理学者であったことで、科学に関する話が面白く、紹介が少し、長くなってしまった。

○「世界」10月号 特集(覇権国家アメリカの凋落)
 5月に渡って、続けられてきた「原発」特集がなくなった。とはいえ、いくつかの文書では、「原発」を追っている。その中から、一つだけ紹介したい。
▲その一つは、中川「なぜ東京で電力は余ったか」である
 原発の事故以来、電力不足が叫ばれた。そして、電力使用制限令が出され、大口事業所を対象として、15%節電義務に加え、広く国民にも節電を呼びかけた。(結果として、日本人の順応性なのか、20%もの節電を行った)
 その、効果であったのか、関西、東北地方で需給が逼迫する場面もあったが、電力不足の瀬戸際まで追い込まれる事態にはならなかった。そこには、電力業界が表に出さなかった、電力供給の影の戦略があった。
 この間、毎日発表された「電気予報」では、その日の最大電力、それに対応する、ピーク時の供給力、さらに、供給量に対する需要の比率が示されてきた。7月~8月の猛暑日が続いた時期も、比率が80%を超える日は珍しかった。
 東電の、延べ17基、発電能力計1730万キロワットのうち、柏崎原発の5~6号機の2基、235万キロワットしか稼働していないのに、供給危機にならなかった。それどころか、供給量に大幅な余裕を持ち、東北、関西電力に応援融通するほどであった。
 災害直後から、電力供給の危機を強く訴え、実際に一部地域で、計画停電までおこった。
にもかかわらず、夏場に電力余剰になった理由は、長期休止や停止していた、火力発電
所を数か月かけて、運転可能な状態に設備し、稼働させたことや、企業の自家発電設備からの、電力購入を進め、原子力以外の供給力を拡大したことであった。さらに、液化天然ガス、石炭火力発電所の燃料を追加調達し、稼働率を上げても燃料不足に陥らない体制を構築した。
 他方、需要側では、電力使用制限を受けて、様々な節電を行い、(照明、空調、エレベータ、製造業の稼働日の変更、一般家庭での節電の取り組みは、新しい生活スタイルとなった)目標15%を超過達成した。
 これだけ見れば、企業、一般家庭が一致して協力、電力危機を乗り越えた。という、美談になりかねないが、本質は別なところにある。
 まず、供給量とは何かを考えることである。電力の特徴は「同時同量」といわれる、需要に対し、常に供給量が追随し、需給を一致させる必要がある。これは、常に変動する電力需要に合わせて、発電量を増減させ、電圧や周波数を一定に保つことであるが、決して簡単なことではない。日本の電力会社は、このような能力において、世界でもトップクラスの実績を示してきた。しかし、「同時同量」の難しさは、瞬時の追随性だけではなく、需要の最大値に対応できる能力を常に備えておく必要がある。電力会社は、想定されている最大需要に、予備能力(一般的には8%)を加えて設定されている。これは、経営的に見ても、極めて不合理なことである。しかし、電力会社には発電設備への投資を続けられる仕組みを、国によって担保されていた。
 その仕組みとは、「総括原価方式」といわれるもので、すべてのコストを回収した上で、適正利潤を上乗せできるものである。
 今回の震災で、原発の多くが止まっても、その穴埋めをするように、続々と予備設備が稼働して、供給量を確保できたのは、古い設備が残っていたことや、隠し設備を持っていたことである。
電力不足の危機が幻に終わったことで、早期の原発再稼働は根拠を失った。また、産業界、一般家庭での節電への取り組みによって、需要の本格的な減退の兆候も出てきた。
とすれば、原発は不良資産にしかならない。それは、電力業界の未来をも変えるかもしれない。

 ▲私たちの仲間のなかでも、国民は時間がたてば、脱原発など忘れ、すぐに原発必要となるという。そのようなことにならないためにも、このような事実を知ってもらいたいと思った。今月も、原発だけ、それも二冊しか紹介できなかった割には、ページ数が多くなってしまいました。コンパクトにまとめる、能力の問題とはおもってはいます。










 

原発にさようなら集会

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2011年 9月19日(月)22時34分21秒
返信・引用
  今日の「原発にさようなら集会」に、女房やかってマンション建設反対運動をやった地域の人たちと参加してきました。それにしても多くの人たちでした。少し早めにと思って開会の30分前に千駄ヶ谷駅に着いたのですが、改札口を出たらもう人の波。明治公園までたどり着くのに苦労しました。
福島のお母さんたちや山梨、山形、静岡、新潟、色々な県からの参加があったのは聞きましたが、まさか私の故郷の佐賀県(自治労の旗を見かけました)からも参加したとは驚きでした。

集会では大江健三郎さんや澤地久枝さん、落合恵子さんなどの演説にはさすがだと思いましたが、驚いたのは俳優の山本太郎さんの過激な発言です。3・11以降、テレビなどで降板させられているのもうなづけます。
組合関係では地域組合、自治労、日教組などの旗が目立ちましたが、残念なのは民間企業組合の旗が少なかったことと、大学自治会の旗がひとつも見なかったことです。昔の集会では大学自治会の参加は非常に多かっものですが。
敬老の日ということもあってかお年寄りの方々の参加もめだちました。

集会が終わって3つのグループに分かれてデモ(今はパレードと言うそうですが)がありました。あまりにも参加者が多かったせいで、先頭が出発してから1時間は待たされました。
それでも久しぶりのデモ、今日の午後7時のNHKニュースで当然取り上げるだろうと期待して見ていたら全然放映しない。9時のニュースでやっと少し集会の一こま(大江さんが喋っているシ~ンだけ)を流していました。
昔は1000名ぐらいの集会でもニュースで取り上げていたことを考えると今日の6万名規模の大集会はニュースのトップにきてもいいはずですが。
 

原発さようなら集会

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2011年 9月14日(水)21時28分37秒
返信・引用
   今月19日に開催される「原発にさようなら集会」には参加するつもりでしたが、高橋さんからの呼びかけ文(平沢君経由で)が着いています。
あらためてここにそのチラシの内容を載せます。
多くの賛同者が集まることを願っています。

2011年5月20日に(読売や産経は除いて、大手新聞にも載ったはずです)内橋克人、大江健三郎、落合恵子、鎌田慧、坂本龍一、澤地久枝、瀬戸内寂聴、辻井喬、鶴見俊輔の9氏が呼びかけ人になって『原発にさようなら集会』が提案されました。
 私も、つれあいや以前に住民運動した近所の人たちと一緒に参加する予定です。


趣旨は以下のとおりです。
「3月11日の東日本大震災によって、東電福島第一原発は、1号炉から3号炉までが最悪の炉心溶融(メルトダウン)を引き起こしました。
 水素爆発、工場外壁の破壊などによって、高濃度の放射性物質が、海水、大気、土壌に放出され、環境を汚染するという未曾有の大事故となりました。
 2ヶ月が過ぎても原子炉の暴走は収束する気配がなく、いまなお極めて不安定な状況が続いています。これまでの放射性物質の拡散量だけでも、地域の住民と労働者ばかりか、まだ生まれていない将来の子供たちの健康と生命にとっても、計り知れない悪影響を与えると危惧しております。
 原子力と人間の共生など、決してありえないことなのですが、それに気づいていながらも、私たちの批判の声と行動があまりにも弱かった、と深く悔やんでおります。

 いま原発を拒否する声はさまざまな運動となって拡がっていますが、私たちはこれまでの怠慢を反省し、政府や財界や電力会社などが、原発推進の巻き返しに出ないためにも、さらに大きな市民の力で、原発依存の生活から脱却する道を歩みだしたい、と念願します。
 私たちは自然を収奪し、エネルギーを無限に浪費する生活を見直し、自然エネルギーを中心とする「持続可能な平和な社会」に向う為に行動します。その目標です。

1) 新規原発建設計画の中止
2) 浜岡からはじまる既存原発の計画的廃止
3) もっとも危険なプルトニウムを利用する「もんじゅ」、「再処理工場」の廃棄。
 これらを実現して、わたしたちの生存と未来の子どもへの責任を果します。

「原発にさようなら集会」を次の要領で開催します。どうか皆さんでご参加ください。
 日時:2011年9月19日(月)13時30分から
 場所:東京、明治公園
 集会規模・・・5万人(集会後、パレードがあります)
 

お疲れ様でした

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2011年 9月11日(日)22時32分55秒
返信・引用
  今回の熱海での合宿(?)はお疲れ様でした。
昼間も食事後も思う存分しゃべれていくらかは今の時代からくるストレス解消にもなったのではと思います。

次回は箱根でもやりましょう。
 

(無題)

 投稿者:高橋  投稿日:2011年 9月 6日(火)10時51分18秒
返信・引用
  2011/9/3
民主党代表選について
                                   高 橋
○はじめに
 今回の、代表選について、そして、野田政権及び、民主党の行方を、考えてみたいと思ったのは、今回の代表選が持つ重み、課題の大きさ、何より国難に対応することが求められている中で、行われたことだけではなく、民主党再生の転機となるか否かも、問われているからである。
 確かに、わずかな日程であり、各候補者の政策における論点整理もなかったことや、党内派閥の駆け引き、多数派工作等の、党内的世界以上ではなかった。しかし、三度目の正直となるのか、瀬戸際的攻防は、それなりの意味あいを持っていたこともあって、マスコミをはじめとして、国民的な関心もあった。(日本の首相を選ぶのだから、当然でもある)

○代表選の経緯
 ポスト管について、最初に立候補の意志を示していたのは、野田であった。(馬淵もそうだが、政局にはならなかった)
その、立脚点は、一応、反小沢というもので、党内のそれらの勢力を総結集することで、小鳩連合に対抗できると考えた。しかし、予期せぬ出ごとのように、世論の人気が高い前原が立候補の意志を示したことによって、反小沢連合が一体となっての戦いはならなくなった。さらに、ぎりぎりになって、海江田、鹿野が立候補し、混戦となったことで、決選投票という流れになった。
 そして、最後まで、候補者を自らの内部から擁立できなかった小鳩派は、海江田を推すことになった。(小沢は、この間、藤井、西岡等のベテランの工作をやっていたが、成功しなかった。小沢派は、数は多いが人材がいない)
 さて、民主党の代表を選ぶ選挙において、5名も立候補したのは、初めてである。私の考えでは、まか不思議としか言いようがない。理由は、これほどの国難の最中にあって、しかも、内外の課題が山積し、だれがやっても上手くいかない状況ということを、真に理解しているのか、あるいは感じているのか不明であったからである。また、強いリーダーシップが求められる。(そんな時代ではないが)といった内外の期待に応える、自覚も自信もありそうに見えないからである。つまり、現状認識の希薄さ、己の力量への過信なのか、ことの深刻さが見えていないのか、よくわからない、伝わらなかったことである。
とはいえ、選挙があって、日本の宰相を選ぶことが出来る場があったことは、だれでも可能性があり、たった一人の枠に、自らを賭けてみることが出来ることであった。
そして、選挙の構図としては、小鳩連合対、反小沢連合ということになった。


○選挙の結果
時間のない中ではあったが、選挙について大方の見方は、乱立もあって一回では決まらず、決選投票になるということであった。
その、一回目の結果についての特徴は、海江田の得票が、ほぼ組織内得票であった。(ということは、党内バランスの反映でもある)
また、二位争いで、野田が、前原を上回ったことである。(野田が立候補にあたって、増税、大連立を言ったことによって、失速しているといわれてきた)
しかも、100票を超えたことの意味は、意外と大きかった。これで、流れが一気に加速化した。決選投票の結果は、まさに、反小沢連合の圧勝となった。
なぜ、野田であったのか。
まず、今回代表選の政策内容で言えば、経済、震災、増税、党内融和、三党合意等であった。党内融和や、三党合意について、海江田の歯切れは悪かったが、野田にはブレがなかったし、意外と話が上手かった(駅頭での演説経験の反映か)
 その演説について、「どじょう」が一躍有名になったが、市民受けするパフォーマンスを持っていた。
さらには、朴訥さ、まじめさ、こつこつと仕事をするタイプの印象を与えた。また、別な見方で言えば、イケメンでないことが、安心感を与えているかもしれない。

○党内人事と組閣について
 野田の勝利演説では、ノーサイドという言葉があり、その具体化が注目された。
 早速、発表された党の要ともいえる幹事長人事では、そのことを象徴する人物でもある、奥石となったのは、党内融和を最優先として、考えていることを示すと同時に、小鳩派を抑える狙いもあるといわれている。
とはいえ、長老であり、典型的な自社の馴れ合い政治を思い起こすような人物であり、新鮮味もなく、それほど諸政策について、しっかりとした考えを持っているわけでもないし、野党との政策論議やメディアでの露出が可能かといえば、とても耐えられないだろう。(だから、補佐役として、樽床がなった)
 しかし、小鳩派のような古い政治の世界では、また、ここまで、核分裂してしまった民主党を結束して行く上で、必要としていることであった。
 もう一つ、党内人事で、政調会長に前原がなったことについて、これまでは、内閣と党の政策調整という形で、政調を内閣に取り込んだ。今回、分離したのは、党内での政策論議と、その意向を内閣に示すことで、それぞれの役割を明確にしていく、システムにしたことである。(それは、これまでの、鳩管内閣での失敗の反省でもある)
 その、要として前原がなったことは、党内の政策議論と調整をする中で、(マニフェストの見直しを含めた)小鳩派の原理主義を封印する狙いもあることだ。

○内閣人事
 野田が、自らの政治を円滑に進めるために、どのような陣形を構想したのか。人事には、
その意志が表れるものだが、なかなかすっきりした内閣を組織化できなかった。という印象である。あるいは、意図してそのような布陣をしたのか不明だが。
そして、地味で華やかさに乏しい、本人より年上の人たちが多く、まったく、その力量知られていない人もいたりして、国会論戦に対応できるのか不安でもある。
とはいえ、まずは、安全運転を志すことを優先させたことである。マスコミの論評も、「論功行賞」「党内融和」「災害の継続性」「財政再建」といったことが論じられていたが、概ね、そのような傾向と受け止められている。
しかし、自らの政策の柱でもある「財政再建」「増税」等については、それなりの配置も行っている。
 さて、この新内閣が、一致結束して、問題山積の諸課題に立ち向かい、「どじょう」のように、泥にまみれて、国難を乗り切る期待の内閣になるのか。我々はそれを見守るしかない。

○野田内閣の行方
 なぜか、メデイアを含めて、国民の間でも、評判は悪くない。野党も、攻めにくい相手といっている。
確かに、いかなる内閣も、その発足時では、好意的に見てくれるものではある。また、この国難のときにあって、政治空白は作れないし、困難な諸課題を抱えている状況もあり、とにかく、早く走しりだしてほしいという思いがある。
 また、鳩管時代の、パフォーマンスだけの、有言不実行ではなく、一つ一つの課題を形にしていくという姿勢に対する期待もある。
 さらには、解散選挙がないという政治状況の中で、野党の間でも対応を難しくしている側面がある。(自らの存在を、アピールできない。難癖だけしか表現力がない野党)
 何とか作り上げた、三党合意を踏まえ、諸政策についての協議、協調の気運づくりに積極的な姿勢や、具体的な提案も行いながら、メディア、世論の支持を背景にして、とりあえずの船出となった。
 まず、野田自身が、自らの言葉で実行課題と、優先順位を示し、国民へのメツセージを発することからだろうし、目立たない内閣だが、一致結束してことに当たる姿勢を見せることである。

○民主党の再生について
 歴史的な政権交代をし、新しい政治の世界を作るべき、思いと期待に対し、民主党政権は意欲を持って取り組んできた。
 その具体化とは、「マニフェストの実行」「東アジア外交」「行政刷新」「政治主導」等の課題であったが、「官僚組織の抵抗」「政治とカネ」等のスキャンダルキャンペーン、さらには、「官邸機能の不全」という前に、あえなく崩壊となった。
 後を引き継いだ、管政権への期待は、市民運動家出身、しがらみがないということで、発足当初は、国民的支持を受けた。
 しかし、参議院選挙での「消費税」で躓き、致命的ともいえる「ねじれ国会」を作り出し、小鳩体制の反省としての「政治とカネ」に固執したことで(国民の支持の読み違い)小鳩との距離を縮める、「党内融和」ではなく、「党内の核分裂」化を促進することになった。
さらに、大震災の対応について、内閣と党の一体的取組こそ求められたにも関わらず、内閣、党の合意もなく「大連立」への踏み込み、やることなすことが、自らの首を絞めることになった。
そして、今回の野田政権である。この内閣の存亡は、民主党の再生に関わっていることである。もし、途中で沈没となったら、それは、民主党自身の終わりということである。
 その意味で、野田政権は、国難、民主党再生を背負って、課題に立ち向かっていく宿命持ってをり、極めて困難な役割を担っていることである。
 その意味で、野田政権の歩みとしての一歩が、「党内融和」からであったのは、自らの役割を踏まえていることであった。
 とはいえ、国難の諸課題に取り組まなければならず、「財政再建」「増税」等進めなければ日本の経済は回らないし、復興も進まない。当然、「マニフェスト」の見直しを含めて、
内閣、党内合意が必要であり、その議論、調整が不可欠である。
野田の「ノーサイド」「党内融和」の姿勢が、原理主義者たちに、強い説得力を持ちうるのかも、問われているが、民主再生という共通の認識を踏まえるならば、できるし、やらねばならないだろう。
野田は、鳩管内閣の中心にいて、その反省点を数多く見据えることが出来る位置にいたことで、「官僚組織」の強大さ、その抵抗、情報隠し、等について、如何に対応していくのかを、最も熟知した一人である。同時に、「官僚」からも期待されているのは、現状認識や、政策的課題について、距離がないからであり、確実に実行する意志を持っていると、見られているからである。
 野田の後に、野田はない。民主党最後の戦いとして、激戦が予想される戦場にたったのは、世代交代の象徴としての野田である。
 この戦いには、民主党の総力を挙げての戦いとしなければならない。
 その一歩が、始まった。

 最後に一言。管が言っていた。世代交代が実現したことは、単に民主党の問題だけではなく、今後の政界全体に、影響を与えることになるだろう。

 

(無題)

 投稿者:高橋  投稿日:2011年 9月 6日(火)10時50分4秒
返信・引用
  2011/9/3
民主党代表選について
                                   高 橋
○はじめに
 今回の、代表選について、そして、野田政権及び、民主党の行方を、考えてみたいと思ったのは、今回の代表選が持つ重み、課題の大きさ、何より国難に対応することが求められている中で、行われたことだけではなく、民主党再生の転機となるか否かも、問われているからである。
 確かに、わずかな日程であり、各候補者の政策における論点整理もなかったことや、党内派閥の駆け引き、多数派工作等の、党内的世界以上ではなかった。しかし、三度目の正直となるのか、瀬戸際的攻防は、それなりの意味あいを持っていたこともあって、マスコミをはじめとして、国民的な関心もあった。(日本の首相を選ぶのだから、当然でもある)

○代表選の経緯
 ポスト管について、最初に立候補の意志を示していたのは、野田であった。(馬淵もそうだが、政局にはならなかった)
その、立脚点は、一応、反小沢というもので、党内のそれらの勢力を総結集することで、小鳩連合に対抗できると考えた。しかし、予期せぬ出ごとのように、世論の人気が高い前原が立候補の意志を示したことによって、反小沢連合が一体となっての戦いはならなくなった。さらに、ぎりぎりになって、海江田、鹿野が立候補し、混戦となったことで、決選投票という流れになった。
 そして、最後まで、候補者を自らの内部から擁立できなかった小鳩派は、海江田を推すことになった。(小沢は、この間、藤井、西岡等のベテランの工作をやっていたが、成功しなかった。小沢派は、数は多いが人材がいない)
 さて、民主党の代表を選ぶ選挙において、5名も立候補したのは、初めてである。私の考えでは、まか不思議としか言いようがない。理由は、これほどの国難の最中にあって、しかも、内外の課題が山積し、だれがやっても上手くいかない状況ということを、真に理解しているのか、あるいは感じているのか不明であったからである。また、強いリーダーシップが求められる。(そんな時代ではないが)といった内外の期待に応える、自覚も自信もありそうに見えないからである。つまり、現状認識の希薄さ、己の力量への過信なのか、ことの深刻さが見えていないのか、よくわからない、伝わらなかったことである。
とはいえ、選挙があって、日本の宰相を選ぶことが出来る場があったことは、だれでも可能性があり、たった一人の枠に、自らを賭けてみることが出来ることであった。
そして、選挙の構図としては、小鳩連合対、反小沢連合ということになった。
 

民主党代表選

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2011年 8月26日(金)22時11分49秒
返信・引用
  としぞ~さんの言われるとおりですね。
どの顔ぶれを見ても、首相にふさわしいのは誰一人いません。もともと民主党の国会議員の全員の中から探すとしても、これといったものはいない。強いていえば学生時代のよしみで江田五月ぐらいですかね。
それで結局は今回の代表選挙に出る予定の候補者で言えば、消去方法で選ぶしかないような気がします。
そして最初に消去したいのが、この「前原君」でしょう。小泉が米国のポチと言われたように、この男、小泉以上の米国ばったりの男です。最高に気に食わないのが、あのオツムの弱い安倍晋三と同じように、積極的な憲法改正論者であること。
世評で一番人気があるといっても、たかが4%ぐらい。本人、それでいい気になっているのではないかね。

いずれにしろ、誰が首相になっても、そのうち化けの皮がはがれることでしょう。
 

民主党の前原について

 投稿者:としぞーメール  投稿日:2011年 8月23日(火)21時37分57秒
返信・引用
  今日(8月23日 (火)) 前原が党首選出馬を表明した。
以下、某ブログの引用=小生も同感です。
------------------------------引用--------------------------------------------------
実績も皆無の口先だけの民主党を常に危機に陥れた元凶のアメリカポチ、チャイナヘヤーのヘタレ野郎マエハラが「日本の危機を救う」と代表選表明の日本の危機

民主党党首争いのマスゴミのアメリカポチのヘタレ野郎マエハ
ラの盛り上げぶりにはあまりにあからさまな狙いがミエミエで
マスゴミのクサレぶりには反吐が出る。

そのマエハラだが、代表選に出馬のようなのだ。10日ほど前
に「私には能力も覚悟もない」とか吐いて出馬を否定したんじ
ゃなかったのか。まあ口先だけの実績ゼロ野郎らしい軽佻浮薄
ぶりだ。

マエハラは11日夜、自らの議員グループ会合で、アホカンの
後任決める民主党代表選について「今回は準備期間としたい」
と述べ、立候補しない意向を伝えたらしいんだが、マエハラは
在日外国人による献金問題で今年3月に外相を辞任し、いまだ
にその件に関してはまともな説明責任を果たしていない。魔女
狩りされたまっ白小沢一郎に関しては偉そうに説明責任などと
ほざいていた野郎だが、自分のことになると責任などは一切無
関係なのがアメリカポチのマネシタ生計塾の情けないところの
ようだ。だいたい、コイツが議員を続けてること自体が法治国
家じゃないんだがな。

その不出馬意向だったのは、国会などで野党から追及を受ける
ことを懸念したことこともあるだろうし、今回選出の新代表任
期が来年9月までなんで「つなぎとして短命に終わる可能性が
高い」との姑息な判断もあったはず。

ところが、マスゴミにとってもマスゴミの利権共有組織である
官僚、自民クサレ党にとっても扱いやすい奴であるマエハラな
んで、マスゴミは嘘八百捏造でしかない世論誘導調査で「次の
代表に誰がふさわしいか」との質問でマエハラを常にトップに
立たせて、マエハラが国民の間にいかに人気が高いかの幻想を
振りまいて来た。

その捏造幻想に本人が洗脳されてしまったのがお笑いというの
か、マエハラが出馬すると今夕公言したそうで、あのテャイナ
ヘヤースタイルのキモイ奴が代表なんて、民主党に投票した国
民への究極の裏切りなんだがな。

このテャイナヘヤー野郎のどこに人気があるのかさっぱりだわ。
周囲でマエハラを政治家として認めるようなのはいないし、だ
いたい、国土交通相としては八ッ場ダム問題、高速道路問題な
ど、外相としては中国船長逮捕問題等々あらゆる責任問題でま
ともな解決も出来ずに口先だけ大口を広げてすべて度胸もなく
逃げ回っただけの究極のヘタレ野郎だぜ。

コイツ基本的に国民を舐め切っているクソだ。だいたい裁判官
と事務官の区別も出来ない馬鹿だぜ。それなのにマスゴミはテ
メエらの操人形としてはピッタリだとマエハラの悪口は言わな
いわな。コイツの実績皆無のヘタレぶりも指摘したことはない
し、議員資格さえあり得ない献金問題も華麗にスルーして「首
相候補人気ナンバーワン」として国民洗脳詐欺報道に邁進する
ばかりだ。

そして、このヘタレチャイナヘヤー野郎が今夕代表選出馬を表
明という訳で、マスゴミが煽り続けることになるんだろうな、
ゲンナリだ。

で、ヘタレチャイナヘヤー野郎だが、出馬表明で「自分自身が
その任に耐えうるか悩み抜いたが、決意した。日本の危機を救
い、挙党一致で国難を乗り越えるため、先頭に立つ。国民は政
治に失望している。政治への信頼を取り戻さなければならない」
と偉そうにほざいてます。

民主党を常に危機に追い込んだのはお前自身じゃないのか、お
前が退いたからこそ民主党が政権を奪取出来たんだが、馬鹿は
理解出来ないんだろうな。国民が失望したのはお前が代表時代
の民主党なんだよ。お前がまた民主党の代表になろうものなら
どんどん支持者離れだろうな。

また、出馬表明後に記者に「小沢史観から脱却し、与党で足を
引っ張り合うのはやめにしなければならない」と言ってんだが、
そもそも小沢史観って何なの?その前にマエハラ史観があるの
かい?与党で足を引っ張りあうのはやめにしなければならない
ってね、一番足を引っ張っていた元凶はお前だろうがクソ野郎
が。
-------------------------引用おわり-------------------------------------------

http://onsen-kabumasa.cocolog-nifty.com/okirakunikki/2011/08/post-226e.html

 

吉本隆明

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2011年 8月13日(土)00時24分55秒
返信・引用
  最近でこそあまり吉本の著作を読まなくなってしまいましたが、学生時代から吉本に心酔していた私としては少々ショックです。
いつか図書館で日経を読んで見ましょう。

としぞーさんが言われるようなことを言っているとしたら、やはりボケてきたとしかいいようがありません。
そういえば、佐高信さんが弾劾していた原発に群がる文化人の中にも吉本の名前があったような気がします。まだ読んではいませんがね。

いずれにしろ、企業の代弁者たる日経に載るぐらいだから、吉本の偶像も地に堕ちたというほかはないかもしれません。
 

としぞーさんえ

 投稿者:高橋  投稿日:2011年 8月 9日(火)20時12分43秒
返信・引用
  吉本についての、悲しき現実について、同感です。それにしても、かって思想家と呼ばれた吉本が、科学の基礎的なことについての理解ができていなかったことに驚きでした。
ギリシャの先人たちが、総合の学としての哲学を考えていた時代から、今日の歴史的状況を鑑みて、当たり前な認識もなかったことでした。しかし、多少同情すべきは、ボケ老人でしかないということです。
 

耄碌した吉本隆明と利用するマスコミ

 投稿者:としぞーメール  投稿日:2011年 8月 8日(月)22時06分38秒
返信・引用
  8月5日日経新聞朝刊最終面に、吉本隆明氏へのインタビュー記事が掲載された。一部紹介する。
-以下引用-
原発をやめる、という選択は考えられない。原子力の問題は、原理的には人間の皮膚や硬いものを透過する放射線を産業利用するまでに科学が発達を遂げてしまった、という点にある。燃料としては桁違いに安いが、そのかわり、使い方を間違えると大変な危険を伴う。しかし、発達してしまった科学を後戻りさせるという選択はあり得ない。それは、人類をやめろ、というのと同じです。」
-引用終り-
この後も少し続くが、同様の論調である。だいたい何で、原発を止めることが科学を後戻りすることになるのか、そしてそれが何で人類を辞めろと同じになるのか?
日経もやり方がひどい、彼の現状を分ってて喋らしている。彼の昔を知る者はみんな泣いているよ。ああ、情けない、恥ずかしい、悲しい。

http://www3.diary.ne.jp/user/338790/

 

本の紹介(書評)

 投稿者:たかはし  投稿日:2011年 8月 4日(木)23時51分58秒
返信・引用
  2011/7/25
 本の紹介(NO16)
                                 高 橋

○はじめに
世の中、(とりわけ、マスコミを中心として)「原発」から「節電」へと言葉が変ってきている。(踊っている)これって、可笑しくないだろうか。(私的な理由としては、暑さに弱い人間として、節電は不可能だから)
 「節電」が、明確な「脱原発」へと向かうのなら、理解可能だが、「電力不足」が、どれだけ産業、商業、生活にとって、大変であるのかを、再認識させられるだけに終ったら、(そのあたりを意図しているようだが)原発推進派の思う壺である。
 とはいえ、「節電」を全国民が考え、実行し、これまでの「電力浪費」を再考し、ごく当たり前な生活をしていく意識、生活スタイルを、新たに作っていくことは、大賛成である。
 さて、また政治の話である。復興大臣の辞任、閣内不一致、党と内閣の乖離。与野党を超えて、早く辞めろコール。(これ程、マスコミ(主に雑誌)から罵詈雑言を浴びせつづけられた首相はいない)四面楚歌状態にある管首相だが、一向に気にする様子もなく、辞める時期も明言せず、極めて意欲的、かつ、思いつき的、自己保身的に、(三法の成立に向けて)邁進している。
 そして、「原発解散」などをちらつかせ、(それは無いと、言ったけど、だれも信じない)
居座り続けている。
この粘り強さ、何を言われても耐え忍ぶ力、こんな首相は、日本ではなかなかいないし、
このような首相こそ、国難の時代にふさわしいといえないだろうか。
私の評価は、マスコミや野党、あるいは世論とは違って、さまざまな意味で歴史に残る首相であると思っている。そのことについては、いずれじっくり書いてみたいと思うほど、奥が深い問題についての理解が、国民はもとより、与野党を含めて何もないことである。
 さて、今月からは、「原発」を離れて、より広く、面白い本の紹介をと考えていたが、やっぱり「原発」「復興」から目を離すことは出来ず、今月も引き続きということになった。
しかし、今月の中心的なテーマは、「復興」についてである。つまり、新たな日本社会の構築について、如何なる理念なり構想力、暮らしの形が問われているのかの、議論をしていくことである。既に、始まっている諸議論を踏まえ、災害地だけではなく、我々も注視していくことが大切であると思い、新たな社会構想についての、具体的提言を含めて、紹介したい。
一つ、気になったことについて、触れてみたい。先日の朝日新聞に、54年5月に始まる(直接の切っ掛けは、ビキニ水爆実験と、被爆した第5福竜丸問題)原水爆禁止署名運動が、全国的な国民運動として発展し、3000万人の署名を集めた。その運動の中心を担った杉並の主婦達(記念碑がある)が、これらの運動について本を出版した。とあった。
反核の源流としての、原水爆反対運動であったが、実は、このとき、国会では「原子力の平和利用」についての議論と、予算化がされていて、その後の「原発」建設に向けた動きが始まったことである。
つまり、原水爆禁止運動の視野の中には、「核兵器」はあっても、「原発」はなかったことである。このような事態になったことについては、別に紹介した。

○「原発社会からの離脱」宮台、飯田著 現代新書(2011年6月刊)
 宮台は、「原発をどうするのか」から「原発を止められない社会をどうするか」へ。として、今回の原発事故について、技術的不合理に関するものとは別に、社会的不合理に関するものがある。何が、技術的に合理的かについて合意できても、事柄の半分でしかない。
 なぜなら、日本社会には、技術的に合理的だと分っていることを、社会的に採用できないことで知られているからだ。その意味で、今でも「原発を止められない社会」にこそ問題がある。
 それは、敗戦から引き継がれた問題であり、「悪い共同体」とそれに結合した「悪い心の習慣」と呼んできた。この、逆機能は、盲目的依存に集約される。行政官僚制への依存であり、市場への依存であり、マスコミへの依存であり、政府への依存である。総じて、「システムへの盲目的依存」と呼べるものである。
グローバル化した、高度技術社会では、盲目的な過剰依存はより問題である。震災で「想定外」が云々されたが、チェルノブイリ事故の年に出た、ベック著「危険社会」によれば、「想定外」の際、事態は収拾可能か否かが問題で、ギネス級堤防があっても全滅したところもあれば、低い堤防しかないのに、「想定にとらわれず、全力で逃げろ」の教えで、助かった所もある。「絶対安全」な原発にせよ堤防にせよ、「システム」過剰依存が「システム崩壊」の際は地獄を来たす。なのに、「もっと高い堤防を」「もっと安全な原発を」は愚昧である。
 欧州では、共同体が「市場」や「国家」等の「システム」に過剰に依存する危機を共通認識とする。だから、スローフードや自然エネルギーが普及した。
 日本は、グローバル化で「市場」と「国家」が回らなくなって以降、自殺、孤独死、高齢者所在不明者、幼児虐待放置、等が噴出した。これらは、「システム」過剰依存による共同体空洞化が原因である。反省すべきは、共同体自治の脆弱さだ。復興は、共同体自治に向かうべきである。
 その手がかりになるのは、食とエネルギーである。欧州では、スローフード化=食の共同体自治が進み、チェルノブイリ事故を機に自然エネルギー化=エネルギーの共同自治が進んだ。「システム」機能不全の際の安全保障になり、経済発展も生む。特定の電力会社からしか、電気を買えないのは変で、電力会社も、電源種も、自家発電も選べるのが、先進国基準だ。

 飯田は「フクシマ後の、焼け跡からの一歩」として、今回の「凄い地震」の一報を受けてからの、人生の変化と、フクシマ後の日本についての考えを述べた。
 飯田が、震災の一報を受けたのは、ドイツのホテルであった。そして、情報を求めてインターネットを探り、プログ、ツイッターを辿っていく中で、広島の中学生がNHKのニュースの映像をライブで流し続けているサイトにたどり着いた。
 そこでは、信じられない映像がくりかえされていた。しばらくして、「原発」の被害が情報として流れた。予定されていた国際会議(国際再生エネルギーの戦略を議論する)どころではなく、一層の不安を覚えつつ、さらなる情報を求めて、イッターネットを探り、メール、ツイッターを書き送った。私にとっての、3.11が幕を開けた。
 さて、日本のフクシマ後である。3.11の前と後では、日本社会には、誇張ではなく、江戸から明治への大転換、太平洋戦争から戦後への大転換と同じような変化が生じつつある。「原発は安全、安心、クリーン」という耳当たりのよいデンツー的言葉だけが流布していた3.11前。
 3.11後は、原発や電力会社の問題点が、マスメディアでもおおっぴらに報道され、議論されるようになった。エネルギーや原発が、一部の狭い専門家の議論から、国民共通のもっともポビュラーな関心ごとになった。原発に代わる代替エネルギーの本命として、自然エネルギーの可能性が真正面から議論されるようになった。こうした変化は、それ以前の、まるで半透明の「分厚い膜」が覆っていた状況に比べれば、少なくとも良い方向といえる。
 しかし、この変化は、まだ本質的ではなく、かつ容易ではない。たとえば、経産省が省益を守るために仕掛けた「エネルギー政策賢人会議」は、本省に事務局を置いて、資源エネルギー庁を「峰打ち」でお仕置きすることで、自省の原発、エネルギー政策権益を守ろうとする高等戦術だ。それが、空振りに終ると、今度は「国家戦略室」を出島にして、「エネルギー環境会議」を仕掛けてくる。どちらも、原発推進であり、省益ありきとなっている。また、賠償スキームについても、だれも責任をとらず、今の電力会社の独占を続ける一方で、電気料金の値上げで国民負担を強いる、「トンデモスキーム」が、堂々と出てくる。国民の7割が支持した、浜岡原発停止要請に対し、メディアを利用した「電力足りないキャンペーン」。いまだに、放射能汚染地図も作成、公表されてない。予防原則もわきまえず、「安全デマ」を布教する御用学者と、「20シーベルト」を子供達に適用する文科省。
これが、世界でも進んだ先進国で民主主義の国と信じられてきた日本で、チェルノブイリ事故から25年を経った、21世紀にもなって、いま、起きている現実なのだろうか。
フクシマ後に出現した、「知の焼け跡」と表現せざるを得ない。

さて、二人の話のテーマは、「自然エネルギーと共同体自治」に向けてである。
その問題意識と、具体的な内容について、次のように述べている。まず、欧州の自然エネルギー事情では、ドイツの固定価格買取制度に始まる。その政策を提案したのは、キリスト民主党で、ドイツの右派であった。(農民代表の議員が中心)風力と太陽光は、当時「環境に優しい」シンボルだったので、それを全面に出せば、誰も反対しない。緑の党も賛成する。09年に法律が成立する。チェルノブイリの4年後で、風力と太陽光は、脱原発のシンボルになった。
 イギリスでは、サッチャーによる電力の自由化、原子力の民営化が、シティ(金融街)の反対で、「自然エネルギー推奨法」に変った。また、リオの「環境サミット」後、フィンランドの炭素税等の動きは、ヨーロッパでの大規模な地穀変動が起こった。まさに、09年代は「環境エネルギー革命の10年」であった。
 07年の「京都議定書」のときに、日本はCO2ブラマイゼロ、アメリカはプラス2、ヨーロッパはマイナス15%という主張での戦いであったが、そのときに、ヨーロッパが後ろ手に持っていたのは、97年から、13年間で自然エネルギー比率を6~12%倍増するという「自然エネルギー白書」であった。それをEUは、京都会議の1週間前に決定していた。背景にあったのは、ドイツの風力発電が、アメリカを抜いた実績であった。
 そして、09年にイギリスから始まった、電力の自由化の波は、ノルウェイ、スェーデンに広がり、「グリーン電力」の普及に繋がった。この、自由化と整合しうる、自然エネルギー普及の仕組みは、新しい発想であった。
 さらに、09年前後に、北欧と大陸の小国が「炭素税」を制度として導入し、温暖化防止のキラーコンテンツとする政策が始まった。
 中でも、スウェーデンは優等生で、「2010年までに、化石燃料をゼロにする」を決議し、暖房な使うエネルギーを、全て木屑を利用した、バイオマスに切り替えることや、周辺の島を丸ごと自然エネルギーに切り替える、プロジュクトを始めている。
 さて、日本の現実はといえば、冒頭に述べられているように、国民の「システム」への盲目的依存や、政官財、原子力ムラ等の枠組みもあって、ヨーロッパにおける自然エルネギーへのとりくみや、環境意識について理解することも無く、原発漬になってしまったこともあり、「自然エネルギー」「グリーンエネルギー」への関心を持つことが無かった。
 とはいえ、まったく動きがないのではなく、様々な試みを始めているので、それらを紹介したい。
 まず、ヨーロッパのような「産学協調」的な動きとして、96年の「市民によるエネルギー円卓会議」主催が、東電、原子力資料室、通産、文部、専門家による議論。
 ルールとして、原子力以外のエネルギーを議論する。一致する点を見つける。そして、3つの合意が出来た。「自然エネルギーを増やすこと」「省エネをすすめること」「エネルギー政策の意思決定の場をもっと一般に開くこと」であった。
 また、北海道では、「グリーンファンド」という名で「グリーン電気料金」をはじめた。
 さらに、市民風車、コミュニティ風車づくりの計画や、実際に「はまかぜちゃん」という浜頓別の第1号基目の風車ができた。(2001年)
 地域レベルでは、飯田市の「平成のまほろぼ事業」で、自然エネルギーの開発拠点づくりの企画である。
 これらのことを推進し、共同体自治を根付かせるには、地域側にしっかりとした受け皿となる智恵と経験と信用、そうした社会的関係資本を重ねていける「中心」が必要。

▲ヨーロツパの、脱原発への取り組みや、具体的対応が、歴史となって進んでいるのに、日本では、「失われた10年」ではないが、まったく考慮されてこなかったことを、この二人の議論が明らかにしている。

○「世界」8月号 特集は「人間の復興を!暮らしの復興を!」である。
 今回も、世界は震災特集であり、「人間の復興、暮らしの復興」とあるように、現在進められている、復興政策についての検討、提言となっているので、それらを中心に紹介したい。
○山形は、「黒い海」の記憶として、次のように述べている。
 改めて思うことは、3.11のあの「黒い海」にさらわれた死者達の無念である。
 その無念の思いを、生残った者は、どのように受け止め、どのような仕方で死者達の魂を、優しい国へ送り届けることができるのか。本来なら、諸国無常や輪廻転生が、死者達の苦しみの受け皿となった。だが、3.11は何処か違う。突き詰めると、天災、人災との境界があいまいなうえに、全てを「想定外」とする技術主義者の逃げ口上が、被災者の胸にとげのように突き刺さるからである。原発だけではない。世界に誇る巨大な防潮堤もそうである。まったく役に立たなかった。
 死者は何故、死ななければならなかったのか。後に残された者には、絶えずその思いがこみ上げる。それが、悔しいのである。
 私達は、3.11の大震災まで、近代日本の合理的で安全な、国民国家に住んでいると思っていた。そこでは、生活のあらゆる領域に、合理性と安全性がゆきわたり、それが政治、経済のシステムを法的に支え、政教分離や福祉、教育行政の専門技術化とあいまって、市場の透明性を支えている。その限り、過去における不合理な政治神話とシステムは、一切排除され、「国民」の等質性と「国家」の透明性が保障された世界に暮らしている、と思っていた。
 3.11の「黒い海」が、その真相を暴露した。近代国家は「国益」の名のもとに、「国民」を教育し、動員し、それに反対する者を排除し、抑圧する装置として機能していた。
 私達は、近代国民国家と資本主義が、国益という名のもとに、犠牲のシステムと手を結んでいることに敏感でなければならない。その中核に位置するのが「安全神話」なのである。「黒い海」の記憶は、深く共有され、未来に向かって伝えられなければならない。
 それは、東日本の被害地が、近代日本の「安全神話」という呪縛から解放され、自然との共生、人と人との命の絆の原点に立ち戻り、日本に向かって、世界に向かって、立ち上がる新しい未来の始まりのしるしだからだ。
▲「黒い海」の記憶を、我々は決して忘れないことを、しっかりと確認することである。

宮入は、「東日本大震災と復興のかたち」<成長、開発型復興から、人間と絆の復興へ>として、次のような提言を行っている。
 著者は、改めて、今回の災害についての特徴と、復興方策の基本的な問題点を提示している。
 災害の特長について
① 今回の大災害は、東北から関東に至る、超広域的な巨大災害であり、面積では、阪神の
8倍以上、建物被害でも、大都市型災害であった阪神を凌駕している。人的被害では、4倍も多い。戦後最大の犠牲者を出した。人的被害の9割は、津波によるもので、阪神の建物による圧死と大きく異なる。毀損額も16~25兆円と見積もられている。それに、損害賠償、その他を含めて、極めて甚大である。
② 地方都市、農漁村型の災害である。高度経済成長以来の、過疎化、高齢化、農業、漁業
の衰退を強めてきた東北、北関東の地方都市と農漁村の経済社会を直撃した。
 今後、20年間に人口が3割減と予測されている、東北の過疎地で、生活の拠点である住宅と地域コミユティに加えて、それと一体化した生業、就労の最大の手段である漁業や農業、商工業などの生産基盤をも、根こそぎ奪われている。
 一方、頼りにすべき自治体の機能も劣化している。「平成の大合併」によって、職員数の大幅減により、災害時の初期対応を麻痺させた。そのために、災害弱者に二次的な「救援欠乏災害」を生じさせている。
③被害の広域性と多様性である。まず、地域特性を見てみると▲三陸海岸の宮古市から石巻市に至る、主として湾内の都市市街地や漁港、漁村部の大規模津波被災地▲大小の漁港をもつ市街地や、漁村集落が広く被災した女川町、山田町▲沿岸部の都市市街地、農村、農地が被災した仙台市を含む松島市以南の多賀城市、名取市、岩沼市▲福島原発の影響地域▲その他、液状化や宅地被害を含む、内陸部の被災地。等に分類される。
 さらに、直接被害だけではなく、自動車、電機業等の部品メーカの生産が止まったことによって、日本だけではなく、海外への影響を及ぼした。
④「原発災害」の重大性である。福島の「炉心容融事故」は、大量の放射性物質を大気中、海洋中に放出し、広範な地域に土壌、水、農畜産物、水産物への放射能汚染問題を引起している。これは、地球レベルでの最悪の環境汚染問題である。また、「計画的避難区域」の人々は、先の見通しがまったく立たない中で、域外避難を余儀なくされたため、分散性、生活の困窮化に直面している。しかし、役所も移転し、住民の避難先もつかめず、ボランティアの支援も途切れ、インフラの復旧も遅れたままとなっている。ここでは、生命と暮らし、生業と就労の基盤がそっくり破壊され、地域のコミュニティが引き裂かれ、自治体さえ浮遊し、住民は将来の展望を見出せないままである。
⑤災害による、被害の長期化と格差の大きさである。原発が、いつ収束するかも分からない。原発災害の直接被災地域では、避難者や行政は復興への展望を描くゆとりや条件さえ失われている。被害と回復に、大きな格差が生じている。
 「復興の基本理念と視座をどう定めるか」
 第一の復興理念は、「人間の復興」であり、それを支えるべき人々の「絆の復興」とりわけ「地域コミュニティと住民自治の復興」が不可欠である。
さらに、これまでとは違う、21世紀型の復旧復興制度への根本的転換をしていくために、「緊急応急型救助」から「生活、生業回復型救助」にしていくことである。
そのために、例えば、復興関連死の防除や医療、介護、心のケア付き避難所の設置、災害公営住宅や個人住宅へ将来的には転用可能な、木造戸建仮設住宅の建設、仮説住宅と一体なった仮説店舗、工場の設置、生業に必要な資金や資材の給与。等である。
「公共施設原型復旧」から「改良復旧」へ
今回の災害で、深刻な問題になっているのは、沿岸部の大規模な地盤沈下や液状化、郊外部の盛土造成地の崩壊の多くは、復旧対象からもれている。地域医療の拠点である、民間医療施設への復旧支援は無く、地域産業の要である養殖施設や水産施設等への復旧支援は、要件が厳しすぎて利用できない。「改良復旧」への手だてと支援が求められている。
「個人財産自己責任」から「地域共同社会再生」の原則へ
 今回の災害における復興過程で、最大の問題の一つは、被害者の生活、生業、雇用、地域コミュニティの基盤が全て一挙に破壊されたことである。ここでは、生活基盤と共に生産基盤をも一体的に再建することなしには、地域共同社会の再生は不可能で或る。とすれば、漁船、水産施設、商店街、工場施設等の、生業や就業機会を再生するため、二重債務を解消する、新たな復興支援制度の新設が焦眉の急となっている。
「創造的復興」から「人間基盤復興」へ
 災害復興に当たっては、住民や中小企業者、漁民、農民の参加と合意を最大限保障し、都市計画による区割り、住宅、商店街、工場、農地、港湾施設、公共施設等の配置を、地域ごとに復興計画として練り上げ、下から自治体全体の復興計画としてまとめ上げていく工夫がもとめられる。その際、復旧工事、住宅再建、農地の嵩上げや除塩、清掃、ごみ処理等は、被災地域の企業に営業機会を、また、被災住民には、就労機会と所得稼得機会を提供する、短中長期的な生活、生業、就労、コミュニティ再生に繋げる震災復興の手順が必要となる。
「中央集権型復興」から「分権自治型復興」へ
 被災地を、将来に向け維持可能な地域社会として再生していくには、被災者と被災自治体が主体となって、下からの復興計画を、分権と住民自治に基づいて実現していくことこそが、不可欠である。復興財政も、一般交付金や、復興基金等、自治体の財政自主権が発揮できる、財源の拡充が望まれる。

▲復興についての、基本的な事柄について、簡潔に示していて、改めて復興とは何かを学ぶことが出来た。

○宮崎「高台移転は誤りだ」<本当に現場の視点に立った復興構想を>
 いま、我々に突きつけられている課題は、大きく分けて二つに分けられる。今日の課題と明日の課題である。今日の課題とは、被災者と被災地をどう支援し、どう復興を成し遂げるかという問題である。明日の課題とは、明日にでも首都直下型、あるいは東海、東南海での地震が起きる可能性があることに関わっている。どちらも、今後10年が重要である。さらに、今回の被災地の復興をどう成し遂げるのかは、重要な問題である。
 その意味で、被災地の支援、復興に日本の社会全体が力を出さねばならない。ところが、100日以上経過した現在、瓦礫の片付けすら遅々として進んでいない。その原因は、人間は災害とどう向き合っていくのかという根源に関わるところで、最初に道を間違えたことにある。最初に、高台移転という間違ったことが、いろいろな問題に波及しており、その一つに瓦礫処理の遅れという事態がある。低地に、もう一度安全に配慮して町を作るという決断をしたならば、一刻も早く瓦礫を片付けなければならない。しかし、高台に移るのなら、急ぐ必要はない。
 高台移転について、三点ほど指摘しておきたい。①高台移転にこだわることが、瓦礫の処理を遅らせている。②被災地のことが、よく分かっていない。阪神では、住宅が最重要だったが、気仙沼では、7割の人が海に関わった仕事をしている、当然、仕事の復興再生が急務となる③瓦礫の存在は、いろんな意味で悪い影響を及ぼす。腐臭、カやハエの大量発生等の衛星状態の悪化である。瓦礫の範囲は広いが、量的には阪神の二倍程度手あり、総力を挙げて取り組めば、2カ月程度で撤去できる。要は、トップの決断次第である。④費用の問題である。一次補正では3億5000万円しか組まれていない。これでは、全額国が負担してくれるのか分からず、心理的ブレーキがかかってしまう。
 福島の復興のために、「二つのふるさとをつくる」ことを提唱したい。戻ることが出来るのなら、元の場所へ戻る。長期間もどれないのなら、戻れないなりに、コミュニティをしっかり保って、本当に豊かに生きていける場所を新たに作る。出来るだけ、福島に近いところで酪農は酪農村、農業は農業村、ハイテク産業はハイテク産業村という形で、いくつかのグループに分かれて、あたらしい町をつくっていく。それこそ、オコタウンにし、仕事と暮らしが豊かな、少子高齢化社会に相応しい、社会実験としての町を、作っていくことである。さらに、元の土地にも復興の絵を描いて、できるところから進めていく。
「復興構想と復興計画」
 国や県の復興構想では、「特区」が浮上しているが、被災者に恩恵を与えるように運用されるのか、不明である。被災者、被災地に全ての権限を与える仕組み、外部資本の参加を禁止するくらいの制約が必要である。また、構想会議や委員会には、もっと多くの地元の代表が入るべきである。復興の基本であり、「復興自治」の原則だからである。
 さらに、行政が本来なすべきことは何か、防災、福祉、医療は、生活と密着した、地域性が問われる世界である。こうした分野では、この復興を機に、自治体が責任を持つ体制を再構築しなければならない。
「雇用と地域経済」
 地域に雇用を作り、金を循環させる「キャッシュ・フォー・ワーク」が注目されている。地域を活性化するために、地域に金を回す仕組みが重要である。食事代として、1日1500円国から支給されるので、地域の食材、業者に回すことで地域市場も再建できる。
 また、ヘドロや瓦礫の処理に、地元の人を雇用すれば、当面の仕事の確保ができる。
 さらには、避難所の被災者の世話、仮説住宅の見守り、商店街のイベント等、自分達がやりたいことと、雇用が結びつく形が望ましい。
 被災地では、大学生の就職が閉ざされている。そういう学生達が、それぞれ地域に入って、コミュニティの再建のサポートや計画づくりに関わる「復興支援員」制度を創設し、月収15万円で雇用し、地域の復興に地元でかかわりたいという、若い思いと力を街づくりとリンクさせる形で、復興の大きなシナリオの中に雇用を位置づければ、大きな力になる。全部で500ほどの、集落の復興計画書が必要だが、そこに学生達がはいれば、活気もつくし、学生の就職難も解消する。
「三段論法の復興を」
 結論として、もう一度、復興のグランドデザインについて、国民的議論を起したい。今となっては、時間がかかってもいいと思っている。そこが見えてこないと、前に進めない。
 総論が出来たら、その総論を実現するための担い手、主体をつくる。行政だけではなく、行政と被災者が一緒になったランドテーブルの形で皆で議論できる場と、それを中心的にやって行く担い手、組織を地域の中にしっかりとつくることが重要である。
そして、地域の人たちが一生懸命やる取り組みを、全国的にいろんな形で応援する支援の輪をしっかりと作っていくことである。
構想、担い手、支援の輪という、三段論法でいけばいいのだが、今は、そのどれもない。

▲復興についての、それぞれの思いや、提言について、皆が考え、連携していくための、参考資料になるものとして、紹介した。

○佐藤「揺れる原発大国(韓国)」
 海外情報の一つとして、原発をめぐる韓国の最近の動きを紹介したい。
 アジアでは、日本と並ぶ「原発」大国である韓国が(原発21基が稼動していて、電力の34%を原発に依存している。そして、30年までに19基を建設し、原発への依存度を60%とする。さらには、原発技術の海外輸出にも力を入れている)
 ところが、「フクシマ」の事故によって、安全性に対する不安が拡大し、原発周辺の住民が、運転差し止めの仮処分申請を行うなど、これまで似ない動きを見せてきた。対して、政府は、原発推進政策を維持することを表明し、同時に、安全対策の見直しと強化を図ることも表明するなど、反原発ムードが全国的にひろがるのを警戒している。
 また、李大統領は、5月17日に原子力安全技術院を訪問したり、古里原発とテレビ電話で結び、想定外の状況に対処するために、普段から徹底した準備を採るように指示した。
 このパフォーマンスは、国民の不安払拭に向けたものであり、なんとしても、原発推進路線を進めるためであった。
 このときの、李大統領の発言録では「フクシマ以来、韓国でも国民の安全に対する関心が高まった」だが、「韓国民が普段は、安全性に対して、特に関心は抱いていない」といい原発が「親環境的なグリーンエネルギー」と認識され、国民は「電気料金が、世界的にも安いのは、原子力のおかげと考えている」とも言い切っている。また、ヨーロッパでの脱原発の動きの加速化の状況についても、「韓国では、100%エネルギーを輸入しなければならない国であり、他の国と比べて特殊な事情がある」と、自国の置かれた立場を強調している。
 さらに、安全省の当局者は「韓国で稼動している原発は、加圧軽水炉型と加圧重水炉型なので、日本の沸騰水型炉より安全」といい、「エネルギー輸入国の韓国から、原発がなくなれば、国際競争力が低下する」と延べ、原発推進政策は「韓国の国益に最も合致している」という。また、「韓国は、地震が無く、日本のような事態は起こらない」という認識である。
 しかし、そうした発言や認識は、世界でも最高のレベルの技術と安全対策が採られてきた日本の事故の前には、あまり説得力があるとはいえない。
 現に、日本の原発事故以後は、韓国各地で放射性のヨウ素やセシウムが検出。量は微量で、政府も「健康に影響はない」と呼びかけたが、国民の間には不安が一気に広まった。
 メデイァも、事故直後から詳しく報道し、「天災が人災に発展した」(朝鮮日報)と混乱ぶりが伝わると、日本への不安感が増大、旅行客のキャンセル、農水産物が、一時店頭から姿を消すなど、様々な余波をもたらした。
 日本の原発事故で、大きなショックを受けたのは、原発施設の周辺住民であった。日々深刻さを増していく日本の状況を見ながら、住民達の間には「原発は本当に安全なのか」との動揺が広がった。
 古里原発住民による、一号機の運転停止を求める仮処分申請、(韓国では初めて)NGOに主催による「反原発デモ」が行われ、(600名)運転中止を訴えた。また、近隣の市議会も全会一致で議会決議を行った。
 さらに、韓国内で注目を浴びたのは、三 市である。日本海に面した市は、010年に新たな原発建設地として名乗りをあげ、市議会で決定した。市が原発誘致に乗り出したのは、建設に伴う収入として見込まれる巨額の財源であった。(国の支援金が4兆7000億ウオン、税収が1兆5000億ウオン)の収入を見込んでいる。
 背景には、過疎化、産業の空洞化といった、日本の地方と変らない現実があった。金市長は、昨年10月に、原子力産業は「未来戦略産業」と位置づけ、「22兆ウオンの経済効果と、15万人の雇用創出効果が期待される、原発と研究院を誘致したい」と述べ、誘致運動を本格化し、市民を対象にしたセミナーや、啓蒙活動を展開、「96.9%が誘致賛成」とする世論調査の結果を公表した。
 ところが、「フクシマ」によって雰囲気が変った。市の道路わきには、誘致の賛成派と反対派の横断幕が競うように貼られていた。地元のテレビ局の世論調査でも、誘致反対が62.4%と賛成を上回った。また、隣の東海市の議会は、誘致撤回を求める声明を出した。
 そして、原発誘致は4月に行なわれた、江原道知事選での争点になり、野党の民主党が推す催候補が当初から原発反対を明確にして戦った。対する与党ハンナラ党からは、厳候補が、安全性の確保を前提に、原発を容認する姿勢を示していた。
 各種の世論調査等から、厳氏の優勢が伝えられていたが、原発への慎重姿勢を見せたことが、「危機感の表れ」といわれ、現実となった。25000票の差で、催氏の勝利になった。

▲前回、フクシマが新しい歴史を作ったといったが、隣の原発国、韓国の国民意識を変え、東アジア世界を変える、一歩となるような動きを示したことは、脱原発への歩みは、確実に世界の共通認識となっていくことを示していることである。

○田中「原子力平和利用」と広島
▲被爆者による原発推進
 99年に、東海村の核燃料加工会社で事故があり、中性子線を浴びた作業員が死亡した。
 この事故に言及して、当時の原子力産業会議の森副会長は、「原子力は、原発の怖さを知っている上で使われている。被爆者の平和利用にだけ、その力を使ってほしいという悲痛な叫びに支えられ、今日まで続いてきた。その過程は風化させてはならない」また、「臨界事故と広島、長崎の体験は、放射線被害という点で関係はあるが、同列に扱ってはならない」といい、原爆被爆と原子力事故は、基本的には異質なものであるという見解を示した。
森は、原子力産業会議を94年に初めて広島で開催し、大会テーマに「核兵器廃絶」を掲げるために努力した。それは、森自身が被爆者であったからで、「被爆者の、平和利用にだけ、その力を使ってほしいという悲痛な叫び」という森の言葉は、単に個人的な思いを述べたものではなく、多くの被爆者に共通した願いを象徴的に表現しているものであった。
戦後歴代の、広島市長の中で、浜井、渡辺、荒木が被爆者であるが、そのうちのだれもが、「原子力平和利用」に反対した人がいないどころか、むしろ積極的賛同者であった。
原爆が、無差別に市民を殺傷したのと同じように、原子力事故が起これば、大量の放射能が拡散され、予想のつかない危険について、広島の被爆者たちは、自分の体験から十分すぎる理解をしているはずであった。にもかかわらず「原子力平和利用」について、積極的支持者になったのか。
「原子力平和利用」の発単は、アイゼンハワーの国連演説で表明した、ソ連の水爆実験の成功をけん制するために、西側同盟諸国に核燃料と、核エネルギー技術を提供することで、各国を米国政府と資本の支配下に、深く取り込むことにあった。
日本も、この米国のターゲットにされ、本格化しようとした矢先に、ビキニの第五福竜丸事件があり、日本の反核運動が全国化し、3000万の署名を集め、55年には広島で初の原水爆禁止世界大会が開催された。この反核感情の高まりを抑え、態勢の転換を図るために、正力(読売社主でアメリカのエージェント)を抱き込み、新聞、テレビを活用してのメディア作戦で、「原子力の有益性」を宣伝した。こうして「原子力平和利用」宣伝のターゲットにされたのが、原爆被害都市広島であった。(今では、広島市民でさえ忘れていることだが)
▲作戦第1弾―広島に原発建設を
 広島に対する、宣伝工作は、ビキニ水爆実験前から始まっていた。マンハツタン計画に関わった、科学者のポータが広島を訪問し、浜井市長に「広島が原爆によって惨害を被ったことから、原子力の平和利用については、優先的に恩恵に浴すべきだと、主張する権利があるし、米国には受け入れる状況にある」といつた。また、米国原子力委員会のトーマスは、日本国内の原発建設を提唱し「広島と長崎の記憶が鮮明である間に、日本のような国に原子力発電所を建設することは、両都市に加えた殺傷の記憶から、すべての米国人を遠ざからせることのできる、劇的でかつキリスト教的精神に沿うものである」と述べ、広島での原発建設を勧めた。さらに、イエーツは、日米合同の工業用原子力発電炉を建設する、緊急決議案を米国議会の下院本会議に提案し、「最初に原子力の破壊を被った広島こそ、原子力の平和的恩恵を受ける資格がある」と演説し、大統領にも書簡を送った。内容は「広島を原子力平和利用のセンターにする」「広島の原子力発電所は、三年以内に操業できる」「原爆で被災し、治療を要する人たちの病院建設を計画したが、原子力発電所のほうが有用と考えた」この提案について、浜井市長は、「医学的な問題が解決されたなら、広島は、死の原子力を生のために利用することは大歓迎」と述べた。
 子供たちの原爆体験記「原爆の子」を編集した、広大の長田も「アメリカのヒモつきではなく、民主平和的な原子力研究が望ましい」といい、基本的には賛成の意見を述べた。
このように、全般的には、多数の被爆者が「原子力の平和利用」に対して、最初から「条件付き賛成」という態度を表明してしまったのである。
 米国側が、広島に米国の資金援助で、原発建設を本気で考えていたとは考えられない。
 彼らの目的は、被爆者に「原子力の平和利用」という考えを受け入れさせ、同時に日本のメディアが支持する状況を作り上げることで、ビキニが波及させた、反核アレルギーを除去し、原子力政策の正当化を図ることであった。
▲広島ターゲット作戦、第2弾―原子力平和利用博覧会
 55年にはいると、念頭から読売と日テレを利用して、「平和利用」の宣伝やニュースを流しつづけ、5月9日から一週刊「ホブキンス原子力使節団」を東京に招き、ノーベル賞学者のローレンスの「平和利用」に関する講演会を行い、テレビ中継を行った。さらに、11月から6週間「原子力平和利用博覧会」を開催した。この博覧会は、アメリカの情報局が政策の心理―洗脳作戦の一部として、世界各地で開いていたものであった。
 東京での入場者数は、36万人を超えた。そして、博覧会は広島を含め、日本各地を巡回した。広島では、県、市、大学、アメリカ文化センター、中国新聞の共同主催で、3週間開催された。会場は、平和記念館、資料館が使われ、原爆被害の実情を伝える建物が、「原子力のバラ色の夢」一色で覆われた。
▲展示の内容―強調される医学への応用
 博覧会の展示品は、高さ9メートルもある、黒鉛原子炉、光輝く原子核連鎖反応模型、カラフルな写真や絵をふんだんに使った、「原子力平和利用のしおり」等であった。
 パンフレットには、「平和のための原子力」「原子力の手引き」「実験原子炉のてびき」「原子力の未来へのカギ」等、原子力が人類の平和と繁栄、大きな可能性を秘めていると解説されている。「素晴らしい、ラジオアイソトープ」では、放射線が癌治療に、おおいに役立っていることや。医療治療への「原子力平和利用」に関するメッセージが、広島では特に強調されていた。
 この博覧会のメッセージは、原子力利用は、発電、医療、農業、工業等の分野で、今後、飛躍的な一大進歩を遂げることが期待されており、「人類の福祉のために、その前途は輝いている」とあつたように、まさに、夢の羅列であった。
▲被爆者たちの期待と、原子力―生命力という幻想
 博覧会について、中国新聞が、様々な人たちの意見を掲載した。みなこぞって「原子力エネルギー」の幻覚に酔ったかの発言をしている。被爆者たちが受けた印象も同様で、放射能問題の解決と、原爆症治療への原子力技術の応用という条件付きではあったが、「原子力平和利用」がこれからの人類がとるべき道であると考えたことであった。
▲繰り返される、救いと復活のイメージ
 広島市は、58年に50日間の会期で、原爆による潰滅からの都市復興を祝い、かつ、さらなる発展を目指して、「広島復興大博覧会」を開催した。平和公園、平和通り、復元された広島城、等、31の展示館を設置、中でも人気を集めたのは、史上初のソ連の人工衛星を展示した「宇宙探検館」と「原子力科学館」であった。この「原子力科学館」の説明では、「原子」「放射能」「アイソトープ」等の基礎知識を平易に概説し、原子力の破壊力を実在の資料によって示すとともに、その平和利用の姿を世界各国から集めた貴重な資料により、産業、農業、医学等の分野に、如何に応用され、人類文化の発展に寄与しているかを示す内容であった。このような、概説で明らかのように、原爆関係の展示物を別会場に移すことなく、「原子力平和利用」展示物と並列させるスタイルがとられていた。「核兵器―死滅。原子力―生命」という二律背反的幻想を高めることが、できると思ったのだろう。
▲原水禁大会でも「平和利用」を支持
 原水禁大会が、「原子力平和利用」を打ち砕くのではなく、発足当初から支持してしまい、被爆者の眩惑を強めてしまっただけではなく、反核運動に参加した市民をも、同じ幻想に貶めてしまった。
 55年の第一回の世界大会では、祝辞の中に「原子力が人類の福祉のために、使用されることを望みます」が含まれていたり、アメリカの一人の代表が「原子力は、人間のエネルギーと同じく、あらゆる国で、あらゆる人に幸福をもたらさなければならない」と述べ、大喝采を受けた。
 外国人も参加し、5時間かけて起草した「広島アピール」にも、「原子戦争を企てる力を打ち砕き、原子力を人類の幸福と繁栄のために、用いなければならない、との決意を新たにした」と謳った。
長崎での大二回大会でも、「原子力の平和利用」に関する、特別の分科会が持たれたが、
「平和利用」への全面的支持は変わらなかった。
 その後も、毎年の世界大会でも、「原子力の民主的な平和利用」こそが、様々な経済、社会問題を解決、魔法のカギでもあるかのメッセージが、63年に分裂するまで反復された。
▲反核、反原発を統合的に推進するために
 日本の反核運動を担ってきた人々や、被爆者たちも「原子力平和利用」について、ほとんど本質的な検討をしないまま、核兵器反対運動にエネルギーを集中させてきた。
 スリーマイル、チェルノブイリ事故に対して、環境保護運動家たちが立ち上がったが、反核運動、被爆者たちからの支援を、ほとんど受けてこなかった。
 そして、それらの市民運動は、電力会社、原子力産業、政府、マスコミの「安全神話」の反撃によって弱体化され、大きなうねりを持続させることができなかった。
 このような、歴史的背景を持つ自らの弱点を、批判的に検討する中で、反核、反原発運動の統合、強化を如何に推進していくか、広い議論を進めることである。

▲若いときに、原水禁運動に関わり、何度も広島、長崎に足を運び、議論をしてきたが、このような歴史的経緯について、まったく知ることがなかった。正直、ショックであった。改めて、原水禁運動の歴史と問題点について、学ぶことができるので、紹介することにした。
 今月も、少ない本と原発という、限定されたテーマの紹介に終わった。そして、長くて読みづらいかもしれないが、読んでみてください。
 パソコンが壊れてしまい、1週刊パソコンのない生活を送ることになった。初めてのことなので、戸惑い、落ち着きがない、時間調節ができない、何処か空虚な感じの1週間でした。










 

テスト

 投稿者:高橋  投稿日:2011年 8月 2日(火)10時37分45秒
返信・引用
  いまテスト中です  

三郷市も危険!

 投稿者:としぞーメール  投稿日:2011年 7月 7日(木)21時40分19秒
返信・引用
  埼玉の友人へ、ご注意ください。

--------以下引用--------

埼玉県三郷市の小学校でセシウムが89万Bq/㎡を超えて、チェルノブイリの強制移住地域に。
2011-07-05 17:11:29

福島第一原発 チェルノブイリの避難区分から考える。
 問答無用で強制避難をさせるエリアはセシウムが148万Bq/㎡以上の汚染地域になる。
これより下で55万5千Bq㎡でのエリアは強制移住、義務的移住ゾーンになる。
これより下で18万5千Bq/㎡までのゾーンは希望移住ゾーンといわれる。
さらにこれより下で3万7千Bq/㎡は放射線管理区域になる。
 今回、1キロ当たり1万3812ベクレルの放射性セシウムを検出したのが、埼玉県三郷市の小学校の土壌。神戸大大学院の山内知也教授(放射線工学)による。これは1平方メートル当たりに換算すると、原子力安全委員会の換算では、65をかけるので、89万7,780Bq/㎡になります。これだと、強制移住というか、移住すべきゾーンの数値になります。首都圏のホットスポットといわれている、松戸、柏、三郷などのいわゆる東葛地域でも、ここまで高い数字が出たのは、はじめてです。チェルノブイリの時に、住民が希望しても留まれない地域の数字が、三郷でも出ている現実を噛み締めて欲しいと思います。この数字は首都圏では、もちろんはじめてのレベルです。
とにかく、首都圏は、特に東側は猶予がありませんし、全域で危険な状態です。1キロあたり、数千Bqを超える場所は、首都圏東部では、まったく珍しくありません。私は、退避する事を強く主張します。

ある程度被曝しているエリア(首都圏も入ります)の人、特に子ども、妊婦、妊娠可能な女性は、被曝線量の低い場所に退避すべきだと僕は思います。優先順位は「避難する」ことです。僕はそれしか言う事ありません。慢性的に被曝することは避けるべきですから、できる限り早く退避することをすすめます。

=========================================
福島第1原発事故を受け、市民団体「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」など6団体は5日、福島市内に高汚染地域が広がっているとして、避難区域の拡大などを求める声明を発表した。
 6団体は6月下旬、神戸大大学院の山内知也教授(放射線工学)の協力で、福島市内で放射線量を測定。同じ地区の複数の地点で毎時3.2~3.83マイクロシーベルトを観測した。
 山内教授は「高線量がスポットではなく、面として存在している」と説明。土壌調査では、最大で1キロ当たり4万6540ベクレルの放射性セシウムが見つかったという。
 6団体は「チェルノブイリ原発事故での『移住の義務区域』に匹敵する」と主張。政府が緊急時避難準備区域の解除や縮小を検討していることに反対し、「逆に広げるべきだ」と訴えた。
 また、山内教授は埼玉県三郷市の児童の保護者らから依頼を受け、市内の小学校周辺も調査。市の測定で毎時0.15マイクロシーベルトとされた小学校脇で、同1.86マイクロシーベルトを観測した。ここの土壌からは1キロ当たり1万3812ベクレルの放射性セシウムを検出。東京都内の清掃工場で出た焼却灰の同9740ベクレルを上回った。
 山内教授は土壌に含まれるセシウムが雨で流されて堆積し、濃縮したとみており、「まだ一例だが、他都県でも同様の所はあると考えるべきだ」と指摘した。
(時事通信より)

http://www3.diary.ne.jp/user/338790/

 

反原発デモ

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2011年 7月 6日(水)21時20分12秒
返信・引用
  久しぶりにデモに行ったことを投稿してみたい。

3月11日の東日本大震災から3ヶ月以上経過した。震災直後に起こった福島第一原発事故を契機にして、日本国内のみならず、海外でも「反原発・脱原発デモ」が相次いでいる。
東京では4月10日の高円寺デモ(このときは約10000名参加)、24日の代々木公園のパレードと芝公園デモ、5月7日の渋谷区役所~表参道デモと続き、6月11日には、全国各地百箇所以上で、大規模なデモが行われた。(新宿のデモ・集会には、主催者発表で2万人が参加)、作家や評論家など知識人の参加も目立った。

ところが、大手新聞のみならず、多くのメディアがこれらを詳しく報道することはなかった。電力業界(特に東電)の莫大な広告料(約1000億円)に影響を受けているメディアの実態が見事に反映されているのだ。日ごろは「反原発」的風采をとりながらも、ホンネは東電をあまり刺激させたくない卑小さが垣間見えている。

私は上記のデモのうちで、芝公園デモに参加したが、集会で最高に印象に残ったシ~ンがあった。
それは京都大学原子炉実験所の助教授である「小出裕章」さんが「原子力専門家として永年原子力に関ってきたにもかかわらず、原発を止められなくて申し訳ない」と涙ながらも自省されたことだ。
私は「故高木仁三郎」さん同様、この方は「原子力ムラ(政界、学会、財界、メディア)」からさんざんムラ八分にされながらも、原発の危険性について、自分の主張を繰り返し発言されていたことを知っている。とにかく今回の事故が起こるまでは、反原発の論陣を張る学者はほとんど教授にはなれていないし、小出さん自身、60歳にも近いのに、相変わらず助教授のままなのだ。東大、京大に原発推進の御用学者は40代で教授になっている実態があるというのにだ。

とにかくも最近でこそ、「世界」、「現代思想」や「週間金曜日」などのリベラルな雑誌や岩波書店発行の原発関連の本には小出さんの著書が多く見つけることができるが。
小出さんの発言は事故が起きるまで口をすっぱくしてその危険性を主張していたにもかかわらず、実態として原発事故を止められなかった自分の責任を痛感されて「涙声」になったのだろう。
このような学者こそ真実、信頼と信用が出てくるものだ。
それに小出さんのような学者の意見こそ、菅内閣は今後の原発政策の中で重用すべきであろうと思うが。
 

「最小不幸社会」から「宰相不幸社会」へ

 投稿者:としぞーメール  投稿日:2011年 7月 2日(土)09時20分30秒
返信・引用
  サンケイの阿比留氏のブログから

-----以下引用です。----
佐々淳行氏に聞く菅首相のエピソードと市川房枝氏
2011/06/30 11:12

 今朝の毎日新聞政治面に、とても興味深い囲み記事が載っていました。民主党国対の役員室に、「感動した。菅どうした」「百害あって一利なし」「宰相不幸社会」と書かれた「書」が貼られたという内容です。今回の浜田和幸参院議員の一本釣りをはじめとする菅直人首相の政治手法に、政権内部にもいかに不平不満が鬱屈しているかを示すエピソードですね。

自分の党の代表である現職首相を、ここまで悪し様に言わざるを得ない心中はいかばかりかとも思いますが、さっさと辞表をたたきつけろとも言いたくなります。

 で、その菅首相は昨夜、自分のせいで国会が1週間以上も空転していることなどどこ吹く風と、首相官邸を4時間も離れて寿司屋→焼き肉店→イタ飯屋と3軒はしごし、いい気分になっていました。同席者によると、1軒目ではビールと焼酎を飲んでいたそうですが、店を見るとこのほかマッコリだとかワインだとかも飲んでいそうですね。いい気なものです。

 菅首相はよく、被災者のことを24時間忘れたことがないとか、「決死の覚悟」で取り組むとか口にしますが、そらぞらしいことこの上ないですね。鳩山由紀夫前首相とは別のタイプの言葉の軽さを感じます。

 こうした菅首相のどこまでも厚顔無恥な言動をみて、なおかつ菅首相を支持している人とはどういう心境なのかなと今朝、通勤途上にふと考えました。まあ、実際にはいろいろなパターンがあるでしょうが、一つには、その人自体が菅首相と同様に恥というものを知らないので、菅首相がいかに恥ずかしい振る舞いを続けようと、別に気にならないし、不思議だとも思わないのかなと愚考した次第です。

 人は自分がいま持っている「良識」以上の良識を持とうとはしないものだし、2500年前に書かれたプラトンの「メノン」には、ソクラテスが「徳というものは、教えられうるものではない」と結論する場面が出てくるし、これはまあ、どうしようもないことであるのかもしれません。

 さて、今朝の産経紙面でも少し触れましたが、昨日に初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏から、この菅首相に関するエピソードを少し聞いたので紹介します。(参照、私のエントリ「菅首相の『原点』と市川房枝氏の指摘について」http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/2308138/

 それによると、佐々氏は警視庁警備一課長当時、菅首相の母校である東京工業大学の加藤六美学長の要請で、学生だった菅氏を捜査していたそうです。加藤学長は、アジ演説がうまく、学生たちを煽っては不埒な行動をそそのかす菅氏に困り果て、相談してきたとのことでした。

 ところが、「第4列の男」と呼ばれた菅氏は逃げ足が速く、結局逃げられたといいます。この「第4列」の男についての解説は、今度、総務政務官に就任した浜田和幸氏が昨年11月の参院本会議で以下のように述べています。こんな人の部下になりたがるなんて、浜田氏も不思議な人物です。

 《思えば、東工大の学生のころ、菅総理は学生運動のリーダーでした。小生も国際反戦デーのデモに参加したものです。その当時、菅総理は四列目の男と呼ばれていましたね。デモ隊の四列目にいれば、機動隊とぶつかっても捕まる可能性は少ないから。留年までして学生運動の指導者であり続けていながら、あなたはいつでも逃げることを考えていたようでした。》

 そういうわけで、佐々氏は菅氏の学生時代から、顔と名前を知っていたそうですが、奇妙な縁があったのか、この二人は再び接点を持ちます。菅氏がその後、婦人運動家の市川房枝元参院議員に近づいて踏み台にしていく話は有名ですが、佐々氏の実姉の紀平悌子氏が当時、市川氏の秘書を務めていたのです。

 紀平氏は当初、菅氏のことを佐々氏に「いい青年が来た」と語っていたそうですが、その見方はすぐに覆ります。あるとき、佐々氏が姉の紀平氏に、「市川さんは菅氏のことを評価しているの?」と聞くと、紀平氏はこう答えました。

 「何を言っているの!市川さんは『菅はよくない』と怒っているわ」

 その後、衆院議員となった菅氏は、政治家のパーティーの場などで佐々氏を見つけると、佐々氏が東工大時代の菅氏の件や、姉のことを言い出す前に、一方的に「いやあ、紀平さんと私は本当に仲がよくて」だとか「いつも佐々さんには大変お世話になって」だとかしゃべりまくり、言葉をはさませないのだそうです。佐々氏はこう語りました。

 「市川さんは菅氏に利用するだけ利用されて、いま生きておられたら本当に不愉快だろうと思う。菅氏は昔は『第4列の男』だったが、今では私は『4番目の男』と呼んでいる。東電の清水社長、海江田経産相、岡田幹事長に問題はみんな押し付け、自分は矢面に立たずに逃げている。でも、菅氏が開き直って市民ゲリラを国会と官邸のど真ん中で始めちゃったので、セオリー重視の自民党の谷垣総裁にはなかなか対抗できないだろうなあ…」

 なんだかなあ…。どうしたものかなあ。

http://www3.diary.ne.jp/user/338790/

 

原発に関する本

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2011年 6月 7日(火)20時39分34秒
返信・引用
  政治家も国家も
マスコミも専門家も
原発上層部もすべてが敵です。
嘘つきです。
          ―福島県南相馬市の高校生の詩より―

この高校生の詩人は今回の原発事故で自分の日常をめちゃくちゃにした相手に対し感覚的に詠ったかもしれない。だがこれほど簡潔にストレートに表現できるということは、若くて鋭い感受性がすべての事故原因を見通していたかもしれないのだ。
私も今回の原発事故で、推進派、反原発派を問わず色々な原発に関する本や新聞、雑誌類を読んできた。そして読めば読むほど、いかにこの国が現在の放射能汚染と同様、原発推進という国策と電力業界のカネに汚染され続けてきたかが分ってきた。

まず、私たちは下記のことをきっちりと認識する必要がある。
* 政治家(特に自民党)、官僚、電力業界、御用学者、マスコミ、労働界、など一連の原発利権者で群れをなす原発ファミリー(マスコミでは原子力村と呼んでいる)の癒着構造、また原発推進が国策であるかのごとく国がゼニをばら撒き、電力業界が地域独占として電気料金を思うままに操作できるようにしたこと。
* 原発推進者は原発が地球温暖化防止のためにも、コスト的にも(燃費の効率性など)効果があることを主張してきたが、これらは原発に都合のいい材料だけを取り上げて計算され多くの誤謬とごまかしがあること。
* 地震列島である日本では、少なくとも今後、原発という選択肢はないと考える。当座は世界的に余裕のある天然ガスで代替できるが、将来的には再生可能エネルギー(太陽光パネル、風力、地熱、小水力、バイオマスなど)に代えていく必要性がある。今まで使ったような莫大な原発コスト(税金と収受電気料金)を投入するのなら、すでに技術的レベルでは現実的な代替エネルギーになっているので、さほど難しいことではない。

さて前置きが長くなってしまったが、今月も先月同様原発に関して印象に残った本や論文を紹介したい。

まず非常に読み易い本から
*『図説 危険な話 不思議で不安な原子力発電のこと』
         コミックボックス=編集 ふゅ-じゅんぷろだくと
故・手塚治虫の特別インタビュー「ぼくも原発に反対です」を掲載。豊富な図やイラスト、資料で原発の問題点を浮かび上がらせている。

*『原発崩壊―誰も想定したくないその日―』明石昇二郎 著(金曜日)
原発を巨大地震が襲ったらどうなるかを、浜岡原発でシュミレーション。
日本人の20人に一人が被爆死する地獄絵図は現実になるのか。

*『東京電力・帝国の暗黒』     恩田勝亘 著(七つ森書館)
巨大企業・東京電力が抱える病理を解き明かす。隠蔽体質から社長の座をめぐる総務畑と企画畑の社内抗争や経産省との暗闘、さては莫大な資金(結局は電気料金からのもの)を駆使して政界、官界、学会、マスコミ支配の構造を暴く。

3・11以来多くの週刊誌や月刊誌が「原発特集」をやってきたが、その中で特に印象に残ったものを挙げて見たい。
『世界・6月号』
*「東日本にソーラーベルト地帯を」    孫正義
*「エネルギー政策は転換するしかない」  河野太郎
ご存知のように孫はソフトバンクの社長で、河野は自民党の衆議院議員である。このような2人が「世界」に登場すること自体珍しいことだが、それだけ危機感があるということだろう。2人とも「原発推進グループ」を中心に運営されてきた秘密と隠蔽に満ちた原子力政策を批判し、それに対抗するものとして自然(再生可能)エネルギーの採用を主張している。それは、原発が危険であるから、というより、そのコストが決して安くはなく、未来のない産業だからだ。

『現代思想・5月号』
*「無責任の体系 三たび」         酒井直樹
*「ゲンパツを可能にし、不能にしたもの」  飯田哲也
原子力専門家と称しゲンパツを推進してきた連中がいかにいいかげんな根拠と手法でやってきたかを明かにしている。飯田哲也はかって原発村の中にいたが、今は自然エネルギー政策の先駆者としても知られている。

最後に原発特集雑誌としては、AERAから発行された『原発と日本人(100人の証言)』、週間金曜日から発行の「臨時増刊・原発特集」、週間朝日発行の「朝日ジャーナル臨時号」などはリベラル、保守問わず、広範な識者から意見を集約し、今後の原発のあり方を検証している。





 

本の紹介

 投稿者:高橋  投稿日:2011年 6月 2日(木)09時10分46秒
返信・引用
  2011/5/25
  本の紹介(NO14)
                                 高 橋

○はじめに
 先月も述べたように、「原発」については、これからずっと論じていくことになるといってきたのは、我々の問題に止まらず、文明、世界の問題になっているからである。
 従って、今月も「原発」について紹介したい。
とはいっても、連日の報道や、書店に行けば「原発」「災害」に関する本が山積になっており、いささか、食傷気味なところがある。また、早く処理して欲しい、忘れたいという思いもある。
だが、福島原発の事態は、状況が分かってくることによって、より一層深刻な状態に至っていることが明らかになってきている。それは、チェルノブイリの比ではない規模の被害拡大としてあり、世界中に放射能を撒き散らしている。(空と海で)
このような事態について、何の対応も出来ない状況が、今後も続くことになれば、国際的犯罪として裁かれることになるやも知れない、あるいは、「賠償問題」になる、重大な事態に至っていることを、我々は真摯に見ておかなければならない。
 確かに、「原発」推進派の人々、東電、政治家、学者、メディア達の奢り、怠惰、無責任、そして、国民の原発意識の希薄さや、電力依存の生活スタイルもあって、総もたれあい体制を築いてきたことが、「想定外」「電力の必要性」「原発は環境によい」等の状況から、一気に脱皮するのは難しいが、問われているのは、自分達の生活だけではなく、国際的な責任を引き受けて立つことが出来るかである。
 「がんばろう日本」とは、このような意味であることを、しっかりとかみ締めることである。
 国内では、災害の話ばかりなので、国際的なニュースについての関心が薄くなっているのではと、少し気になっている。
 そこで、もう一つの紹介は「アラブ革命」にした。タイミングよく、「現代思想」が4月号で、最も早く特集を組んだのと、今月の「世界」も取り上げていたので、それを紹介したい。
 従って、今回は、「原発」と「アラブ革命」だけとなり、他の本の紹介が出来ない。
 しかし、徹底的に、「原発」「アラブ革命」についての理解を深められるように、できるだけ広い範囲の問題について、また、深い分析について紹介したい。
 その関連とは別だが、どうしても、一言いいたいのが、アメリカによる、ビンラディンの殺害である。何で、今頃、それも、無抵抗な相手を逮捕ではなく殺すのか。
 アメリカの執拗さも、理解できないことではないし、また、極めて政治的な意図での行動であったことも分かるが。これで、自分達の区切りはついたかもしれないが、イスラム側では、これからの区切りについての、新たな戦いになる。これまた、終りなきテロになる可能性が大である。
 しかも、今回の作戦なるものは、同盟関係国との軋轢も生み、政治的にも成功とはいえない。そして、今回のアラブの革命が「ジャスミン革命」とも言われている、新しい変化との関係からも、イスラム世界に対する、アメリカの認識や対応はお粗末としかいいようがない。
 その意味からいっても、ビンラディンの死は、アメリカという覇権国家のたそがれを、象徴する事件でもあったということを、心に留めて置くことであるだろう。

 「原発」事故とは、何であったのか。
○「現代思想」特集<東日本大震災>5月号(2011年5月刊)
 最初に紹介するのは、関の「ヒロシマからフクシマへ」である。この論文は、今回の「原発」についての、様々な言説とは違って、極めて根源的な問題について、論じているからである。(少し、難しいが)
 今回の原発事故は、巨大地震とは違って、完全に予測されていたことである。フクシマ原発の事故というより破局を、東電のずざんな管理体制や、デザインの欠陥だけのせいにしてはならない。
原発とは、もともと核反応という非ニュートン的現象を、ニュートン物理学の技術の枠内で制御しようとする原理的に矛盾し、当初から破綻した技術なのである。
今回、福島原発の場合、事故の発端は津波による予備電源のディーゼルエンジンの燃料タンクの喪失という、単純なメカの支障であった。
 しかし、一度炉心にかかわる事故が発生すると、それにメカニカルに対処することができない。核反応の動きは気まぐれで、予測も制御も困難であり、事態は結局成り行きに任せしかないし、人間にはその場しのぎの応急措置しか出来ない。
 このような事態にたいして、政府、東電は事故に関する重要な情報を隠している。という不信が、国際社会にも上がっている。確かに、自己保身のために、情報隠しはありうる話だが、実際のところは、政府も東電も、ろくに情報を持っていないのが真相だろう。
 原発事故では、事態の次の展開、事故の最終的規模、事故の終息に要する時間等、だれも分からないのである。従って、「避難計画」を立てることも、事前に作っておくこともできない。
 人間は、事故というものを、物理的現象を力学的に操作する、ニュートン物理学の枠内でしか、考えられないことを示している。
 しかし、核兵器が非日常的存在であるのに対して、原発は我々の日常に侵入している。
 技術についての、人々の常識的な観念は、不確実性や予見不可能性の増大とは両立しない。だから、ニュートン物理学という常識に立つなら、原発はスキャダルでしかない。
 ただ、人々は原発をニュートン物理学の延長線上にある、先端技術と思いこみ、取り返しのつかない事故が起こるまで、スキャンダルに気がつかない。
 そして、政府、東電、官僚たちも、原発事故は計算可能なリスクと考えていたし、原発がもたらす利益、便益と秤にかける。
 しかも、不確実で予見不可能な事態が生み出される原発に対しては、リスクの観念を適用することは出来ない。
 原発に付きまとうのは、リスクでなくカタストロフである。日本の原力ムラは、このことを知らず、たかが、燃料タンクの喪失が、宇宙的災害に発展することを想像できなかったのである。
今回、原発事故についての社会の反応は
①「事故が起きれば、避難する大勢の人々で、社会は大混乱になる」ということにはならかった。このことは、人口が密集し定住性が高い島国では、原発事故から逃れられないことがわかった。
②これまでの、反原発運動は、放射性物質の人体に対する長期的な影響というフィジカルな問題を強調してきた。この立場は、原発推進派によって、水掛け論に持ち込まれがちである。推進派は、最悪の場合でも、放射能の影響でガンや白血病になるのは、1万人に10人程度の発病であり、交通事故死より低いという。
 しかし、これらの主張には、人類の放射線研究の歴史は浅く、放射線の人体に対する影響についての、正確な知識が存在していないことを忘れている。
 そして、事故が直ちに生み出したものは、不安とストレスの異常な高まりであった。原発事故の、予想外の産物は、この超ストレス社会であったこと。しかも、海外にも広まり、日本は人類の不安を象徴する国となった。
 さて、この事故を体験した日本が、以前のままの国ではありえない。とりわけ、原発事故は、この国を変容させずにはおかない。
 東京一極集中をこれ以上放置できない。復興、原発処理等は、財政破綻国家を加速化させる。東電の破綻は、大手銀行を更なる窮地に追い込む。日本経済は、世界経済の重要なバブであったが、アメリカ国債を買う余地が無くなり、ドルが暴落し、グローバリゼーションが終焉を迎えるかもしれない。また、国際政治の上で存在感が薄かった日本が、眩い繁栄に対する放射能の恐怖の報いという物語によって、いまや全世界の関心の焦点になった。
▲原発とは、制御不可能なものであること。これ程、明解に述べた人はいない。

飯田は「原発を可能にし、不能にしたもの」として、史上最悪の事故が進行中の福島原発は、間違いなく日本と世界のエネルギー、電力政策に大きな転換を迫るものだ。といい。
 しかし、このような事故を目のあたりにしながらも、「それでも原発しかない」というゆり戻しの議論が、早くも始まっていることに、危機感を強くしている。
 そして、唯一の被爆国が何故、原発に猛進し、原発を妄信し、そして、再び被爆国家になったのか。それを可能なものとしたのは何か。危険性を指摘されながらも、史上最悪の事故を引起したあげく、事故処理においても後手後手、その場しのぎ、ドロ縄に終始し、いつ果てるともない事態に陥っている。その不能は何処から来たのか。「原子力ムラ」の、内外を歩んできた自らの対験を踏まえ、その本質に迫り、改善の可能性を構想する。
日本の「原子力開発の略史」を見ると、54年に中曽根が、原子力開発予算を提出したことが、起点とされている。「民主、自主、公開」の三原則を方針とする、利用大綱が定められ、基本法成立を受けて、56年に原子力委員会が設置され、57年に科学技術庁が発足した。66年には、日本初の東海原発を竣工した。そして、70年美浜原発、71年に福島原発が運転を開始した。
当時は、高度経済成長の時代で、右肩上がりで電力需要が増加し、それに応えるために原発が建設された。また、それを保障したのが、「総括原価方式」(建設に要した費用を、全て料金で徴収できる仕組み)また、「建設仮勘定」(着工した時点から、費用を徴収できる仕組み)さらには、73年には、原発開発促進税、交付金制度(電源三法交付金)が整えられ、原発受け入れ自治体への強烈な「アメ玉」で、より加速されていった。
著者が実際にかかわった、「原子力ムラ」とは何か。「電力中央研究所」での仕事は、新しい「原子力の安全基準」作りの手伝いと、「電気事業連合会」が進める、六カ所村プロジュクトの支援。であったが、この閉鎖的な「原子力ムラ」の本質的欠陥は、
① 安全審査が実質的ではなく、空疎であること。
② 技術の本質が底抜けであること。
原子力の安全審査は、信頼できる専門家が分厚い安全審査書を、厳しく審査していると思ってはならない。これらの審査書は、基本的には、電力会社の表紙がついているが、原子力企業(三菱、日立、東芝)が作成している。つまり、国の安全審査は、申請者である企業に全面的に依拠しており、そこに、安全性の問題が生じても、見抜ける構造ではない。
 技術の本質については、原子力技術を導入して、50年になるのに、原子炉の基本設計パッケージを作ることができなかった。また、核計算等の原子力関連の計算コードで、日本で開発されたものはない。さらに、原子炉を製造する機器基準は、アメリカの基準がコピーされているだけである。
 蔓延する思考停止―このような、現実にも関わらず、民主党は何の検証もなく、合理性や事実も踏みにじり、「原子力の輸出」「原発の新規増設」へと暴走している。
他方、地方自治体の側にも、「六カ所再処理工場は生産工場である」という詭弁を詭弁と知りながら、受け入れてきた青森県の政治内容を理解せず、蛮勇でプルサーマルを受け入れた、古川佐賀県知事。原発を二基も受け入れ、40年が経過して町長の給与すら支払えなくなり、麻薬中毒のように、原発増設決議した挙句、今回の災害に直撃され、町そのものの存続の危機にある双葉町の政治。他に、選択肢がないとして、原発誘致に突っ走る山口県上関町の人々。いずれも、思考停止の産物である。
対照的に、余りに軽いデンツー的思考停止の産物は「安全、安心」の連呼であり、「原発はクリーン」「原発は安い」「地球温暖化防止になる」「安定供給の主役」等のキャッチコピーが覆い被さり、事実が検証されないまま、流布していった。
しかし、軽い言説だけではなく、余りにも無責任な御用学者たちの言説を見ていると、そこには、「知の空洞」が広がっている。「これを乗り切れば、安全な原子力発電所として、世界中に売り込める」諸葛(東大)「チェルノブイリに比べれば、ぜんぜんたいしたことではない」山名(京大)「チェルノブイリでも、30人しか死んでない、原発事故で騒ぎすぎ」勝間(評論家)等である。電力会社が、メディアを広告や記者クラブを介して、支配しているという論も立つだろうが、それ以上に、日本の知識人の「知の空洞」が問題の本質である。
これほどの事故を、目の辺りにして、何故デタラメな言説がまかりとおるのか。欧州では、「環境ディスコース」という、知の共通基盤がある。ディスコースとは、「歴史を背負った共通意味世界」であり、欧州の「環境政策(環境法、環境政治、環境研究)」の共通認識の枠組みの土台になっている。日本では、「環境ディスコース」を構築することもなく、その都度「落としどころ」でドロ縄的対応してきたことで、環境エネルギー政策において、「環境税」「電力自由化」「自然エネルギー」等の、重要な忘れ物がある。
 新しい現実からの再出発―原発を可能にもし、不能にもしてきた要因として、「知の空洞化」に加えて、「リアリティの欠如」を指摘したい。
その代表例は、「長期エネルギー需給見通し」に代表される、エネルギーモデルである。「原子力ムラ」に象徴される、日本の閉鎖的な環境エネルギー政策コミュニティでは、原則を踏まえた、未来志向の立体的な環境ディスコースを築くかわりに、定量的なエネルギーモデルを奉ってきた。これらは、都合の良い前提条件や境界条件を与えて練り上げられ、その「需給見直し」によれば、現実とは一切無関係に、原発はもっとも安く、これからも未来永劫増えてゆくものとなる。
 そて、日本の原発は老朽化が著しく、震災前でも、急速な縮小期を迎えている。福島、浜岡等の停止を織り込むと、原発時代の終わりという「新しい現実」なのである。

▲「原子力ムラ」の一端は、保安院(不安院とも言われている)や、原子力委員会等の発言、対応を見て、国民の知るところであったが、このような、現実世界であることには驚きであった。こんなところで、「安心神話」が放射されていたことであることを、知ったことだけでも今回の事故は、意味があった。

○「世界」6月号 岩波書店 特集は「原子力からの脱出」
 小出は、「ブラックアウトは何故起きたか」について、次のように述べている。
 福島原発で起きていることは、ある意味単純である。原子炉という装置は、ウランの核分裂を起させる装置で、炉心から発生する熱には、ウランの核分裂によるものの他に、崩壊熱がある。この二種類の発熱を除熱して冷却しないと、原子炉は壊れてしまう。
今回の地震により、制御棒が原子炉の中に挿入され、核分裂の連鎖反応は停止したと思われていた。崩壊熱は、放射性物質がある限り、発生しつづける。それを冷却しなければ、深刻な事態になるので、水を送り続けなければならない。そのために、ポンプが必要であり、動かす電源が必要になる。ところが、津波によって非常事態に備えていたはずの、非常電源も失われた。このような状況を「プラックアウト」といってきた。原発事故が起こるとすれば、「ブラックアウト」がもつとも可能性が高く、もっとも恐ろしいものと、以前から指摘してきた。今回、冷却のために、放水をしたけれど、真水がなく、海水を使ったが、これでは原子炉を再び使うことはできないことになる。しかし、崩壊熱を除去するために、外から水を入れて、冷却する作業が継続している。
 その過程でも、冷却できなかった期間があり、金属で出来た被覆管、燃料を入れているさやの温度が上がってしまい、水との反応を起し水素を発生させ、反応が激しくなる、悪循環が生まれ、その結果、大量の水素が発生しために、爆発が生じ、建屋を吹き飛ばした。
だが、被覆管が溶けても、燃料ペレットが溶けなければ、状況としては比較的いいと思っていた。当初、原子炉から放出された放射能はヨウ素セシウムという、揮発性の放射性核種であった。その後、敷地内でプラトニュウムが検出され、最近ではストロンチウムという放射性核種も検出されている。
 原子炉の内部については、再臨界という現象が起こっている可能性がある。東電が公表した建屋の水の分析結果によれば、塩素38という放射性核種が、かなり濃い濃度で含まれていた。これは、再臨界が起こっていることを、仮定しなければ説明できない。
再臨界というと、爆発的現象が起こると思われるが、そうではなく、一定の領域に一定量以上のウランが集まると、臨海が起こる。また、福島のような沸騰水型の原子炉の場合、水圧の力で制御棒を押し込んでいる。しかし、駆動部で問題が生じた場合には、制御棒が下に落ちてしまう可能性がある。
 被覆管が破損して、中から燃料ペレットがこぼれおち、それが一箇所に集まると、再臨界の条件が出来てくる。再臨界が続くと、熱が発生し膨張する。膨張すると、臨界の条件からはずれ、ウランの核分裂連鎖が止まる。しばらくすると、冷えて集まってきて、再日再臨界が起こる。という繰り返しの可能性もある。
 この場合、二つの危険が発生する。
① 一つは、発熱で、崩壊熱を相手にしているだけでも、冷却が大変なのに、連鎖反応による発熱が加わるので、冷却の困難が増す。
②二つには、核分裂の連鎖反応が続くことにより、核分裂生成物の発生量が増加する。
 二号機の場合、放射性物質を閉じ込めておく、最後の砦である格納容器の一部がある、圧力制御室が破損し、放射能が外部に漏れだし、猛烈な濃度の汚染水が環境中に出てきている。
三号機の場合は、意図的にプラトニムを炉心に入れているために、その危険性は増している。プラトニウムという物質は、天然には存在しえない元素で、長崎に落とした原爆のために、人工的につくりだされた物質であり、生物的には、極めて危険な元素である。
その放射線による、人体への影響はウランの20倍とされ、人類が遭遇した物質の中で、最悪の毒物といわれている。
低レベルではない汚染水。使用済み核燃料を入れておくプールにしても、一定の容積を持っているが、外から水を入れれば、その分外に出て行くことになる。汚染水が6万トン以上あるといわれていて、新たに注水した分も含めて、海に流されている。
 これを止めるために、汚染水をくみ出さねばならないが、くみ出す場所がない。私の考えでは、何万トンかの容量を持つタンカーに汚染水を入れ、放射性廃液物を処理できるところに運ぶ。しかし、濃度が高いので、実際に処理できるかどうか、分からない。
 冷却には、がどのくらいの時間がかかるのか。核燃料の中に含まれる、放射性物質は何百種類もあり、寿命が長いもの、短いものがある。事故発生から、一カ月以上経過するが、3分1程度しか減少していない。東電の工程表(6~9月)どおりには、かなり厳しい。
 今回の事故に対する、政府、東電の対応について。当初から、事故を小さく見せようとしてきた。避難指示にしても、20キロ圏内、30キロ圏内と変えてきた。本当に避難しなければならないのなら、「自主的避難」などありえない。
対応が後手に回るのは、希望的観測をもとに、被害を小さく見せようとする姿勢があるからだ。諸外国の、日本政府への信用が失墜するのは当然である。
事故の国際評価尺度を、「レベル7」としたことについて、事故が起きたときは、「レベル4」といった。しかし、「ブラックアウト」になって、炉心の冷却が出来なくなり、燃料棒が壊れているときに、「レベル4」ということはありえない。
「レベル4」といった翌日に、一号機の建屋が水素爆発で吹き飛んだ。このとき、既に「レベル7」を覚悟した。しかし、この時点でも、「レベル5」であった。そして、「レベル7」を公表して以降、「レベル7」にもいろいろあって、今回はチェルノブイリよりも規模は小さいといっている。だか、とんでもない話で、チェルノブイリを超える事故の可能性がある。
原子力の専門家たちが、放射性物質は、少量なのでただちに、身体に影響はないといっているが、日本の原子力に関わる分野では、「産官学」が複合した「原子力ムラ」を形成し、原子力から利益を得る共同体の、構成部分となっている。また、メディアの問題も大きい。
「レベル7」であるのに、健康に影響はないという「専門家」しか登場させない。
生き物は、歳をとるとともに、放射線に対する感受性が鈍くなる。逆に、生まれてくる子供達は、放射線の感受性が高い。そのために、子供たちを被爆から守ることが大切。
今後の、原子力工学はどうなのか。私は68年に大学に入った。66年に初めて東海原発が動き始めた。70年には美浜、 賀が動き始めた。日本中が「これからは原子力」だと沸き立った時代だった。そして、かっての帝国大学の工学部に「原子力工学科」が置かれた。工学部の中でも、もっとも多くの受験生が集まり、難関といわれたのが原子力関係の学科だった。しかし、原子力がかっての輝きを失い、深刻な問題が見えてくると、学生も少なくなっている。とはいえ、原子力工学を多くの若者が学んで欲しいのは、これから長い年月渡り、課題が残っている「放射性廃棄物」「廃炉」等を、安全に処理をしていかなければならない。

▲専門家にも、いろいろあって、マスコミに登場しない、きちんとしたものを言う人たちの存在が、問題を明確にしてくれていることを、我々はしっかりと見ておかなければならない。

孫は「東日本にソーラーベルト地帯を」<太陽の港、風の港で日本は蘇る>といい、次のように述べている。
 今回の震災には、大きなショックを受けた最近何処でも、放射線カウンターを持ち歩いている。驚いたことは、関西で、東京の倍の数値が計測された。放射能は、東北、関東だけではなく、西のほうまで広がっていることだ。
 携帯電話の事業者として、今回の災害で、改めて認識させられたのは、携帯電話は無線だが、基地局同士は光ファイバー、つまり、有線でつながっているので、これが切れたり停電すると、携帯はまったく繋がらない。電気がなく、ネットワークが破綻すると、携帯は全滅することを思い知った。ソフトバンクでは、これまで携帯に地震速報を送る機能が十分ではなかったので、新機種には搭載することにした。
 また、復興支援については、財団法人を設立準備中。また、自治体、NPOと連携する仕組みづくりするために、復興支援専用ポータル・サイトを立ち上げた。(避難所情報、避難者の受け入れ情報、NPO情報、募金情報等)このサイトには、月に6000万にも登るアクセスがあった。
放射線の風評被害は、国内だけではなく、海外にも広がっている。それも、野菜、食品だけではなく、工業製品においても、排除する動きが出ている。
この国際的な、風評被害を払拭するには、安全保安院の基準にプラスして、IAEA等の世界共通基準でも。同時にアナウンスする必要がある。たとえば、IAEAの基準による土壌調査は、表層部分1~3cmを1m採取してベクレル/mで表示するが、日本は表面から約5cm掘り下げて、1ベクレル/kgで提示している。放射性物質は埃やチリに付着して飛散するので、日本のやり方では数値が低く出ると、諸外国は見ている。
また、インターネット上での流言飛語について、関係省庁が連携し、サイト管理者に対して、法令や公序良俗に反する情報の、自主規制を求める通達が出されたが、言論統制に繋がる危険な発想である。
通信は、電気なしには成り立たない。原発事故は恐ろしい。しかし、原発がないと日本の電気事情は成り立たない。しかし、今回の事故を受けて、管首相も「これまでの安全基準の見直し」「原子力の安全性をもとめると同時に、クリーンエネルギーに積極的に取り組む」といい、自分も賛成であり、さらに一歩進めるために、具体的な提案をしたい。
日本の電力量の構成は、原子力30%、水力を中心と掏る自然エネルギーが9%、火力が61%となっている。世界の原発廃炉年数をみると、平均して22年である。
 原発が危険と入っても、すぐに停止することは出来ない。そして、世界のトレンドは原発だと思っていた。ところが、世界の原発ブームは、80年代の半ばまでであった。
 とすれば、原発についての国民的議論をしていくべきではないか。
 私の提案としては、「耐用年数超過原子炉の原則使用停止」「安全委員会、保安院、東電等の天下り人事の禁止」「安全基準の厳格化」「情報の開示」「地震発生リスク地域の運転見直し」「国際基準数値の同時公開」等である。
 また、原発は安く、自然エルネギーは高くつくというのは、本当なのか。実態を見てみると、原発の発電単価は15~20円となっている。(ただし、事故前の価格)これに、事故のコスト(税金)を加えると、どうなるのか。さらに、地域対策交付金、核廃棄物処理コストは入っていない。しかも、15円というのは、30年前の物価で作られたデータである。もし、新たにつくるとすると、どのくらいかかるのか。
例として、フィンランドのオルキルオト原発は、当初の予算が3500億円だったものが、既に1,5兆円を費やしても建設のメドが立っていない。
 アメリカでは、太陽光と原子力の発電コストが、昨年クロスしている。実は、ヨーロッパ、アメリカ、中国でも、自然エネルギーによる発電が、凄い勢いでのびている。
 そのカギは何か、それは政策である。ドイツでは、固定価格買取制度が始まり、発電すれば、1kwhあたり61円で20年から25年間、買い取ることになっている。
 ヨーロッパでは、ドイツ、フランス、スペインが、20~30%を自然エネルギーで賄うことを、2020年までの目標としている。
 日本で、今議論されているのは、「10年間余剰電力を買取」となっているが、これをヨーロッパ並みに「全量を20年間、1kwhあたり40円で買取」とすることが肝要である。これから、10~20年のトレンドを見ると、化石燃料は高くなる。自然エネルギーは、量産効果と、技術革新が効いてコストダウンしている。大きなビジョンを、政府が描くことが出来る。
 太陽光、太陽熱、風力、地熱、バイオマス、海洋等の、自然の恵みは、地球を汚すことなく、使うことが出来る。自然を壊さず、自然と共生していくエネルギーである。
 「東日本ソーラーベルト」を未来に向けた、新しい拠点を創ることを考えていきたい。

▲経営者の中にも、まともに考え、行動する、(金もだす)人がいること、その発想、未来に向けた提案について、皆で協力していくことである。

河野は「エネルギー政策は転換するしかない」として、次のように述べている。
今回、政府の危機対応については、事故の収束を待って、検証されなければらないが、現段階で指摘できる失敗もある。一つは、無計画停電である。東電は、大企業等の大口需要者と「需給調整契約」の取り決めをしている。これは、大口需要者に対して、割引料金で電力を供給するかわりに、緊急時には電力供給量を制限するというものである。
 この契約を活用すれば、停電は回避できるにも関わらず、政府も東電も、そのような契約があることに触れず、停電も仕方がないという姿勢で通した。
 つまり、安く電力を提供してもらっている企業と、一般家庭が同列に扱われている。
 明らかに、不正である。
 また、今回の政府の対応の中で、問題が大きいのは、公式発表の信頼性を低下させていることである。「爆発があった。何が原因であったかは分からないが、直ちに影響はない」では、まったく話にならない。肝心なのは、どのような事態にあるのかを、データとして公表することだ。
 私は、早い時期から、政府とIAEAで合同対策本部を作るべきといってきた。この事態に対応すべく、世界中の英知を結集し、政府がそれをサポートすることで、発表の信頼性を上げるべき、といってきた。原子力委員会、保安院がまったく機能していないことが、明らかになった。
放射性物質の拡散についても、文科省のSPEEDIシステムも、同様の気象庁システムも情報が出てこない。隠蔽体質と批判されても仕方がない。さらに、事故発生直後からの、外国人や駐在大使館への政府の対応のまずさも、問われなければならない。
 外務省は、なにも情報を出さず、協力もしない。各国の大使館は独自に情報を収集し、ヘリやバス等も、自力で手配し、自国民を避難させた。外務省の対応に、怒り心頭であったという。東京は、安全と政府はいうが、説明そのものに信頼性がない。
 これまでの、原子力政策で言えば、電力会社が多額の広告宣伝費をつかい、メディアを黙らせてきた。電力会社という、地域独占企業が、何故数百億の広告費使う必要が在るのか。それらのことが、メディアのチェックや検証を不可能にしてきた。
 また、原子力を推進する経産省の下に、原子力の規制機関が置かれている問題がある。
 規制する側の保安院の人間も、人事異動で戻るのは経産省なので、厳しく規制することが出来ない。
 さらに、あらゆる環境がらみの法案から、原発由来のものが適用除外になっている問題がある。天然由来の放射能は環境省。それ以外は、全て経産省の管轄であるというのは、その典型である。原子力に関わる全ては経産省がコントロールしている。経産省の資源エネルギー長官が、東電の副社長として天下っている。経産省と、東電の関係も問われなければならないし、自民党も東電からお金をもらってきて、原子力の利権にかじりついてきた。原子力利権に、ぶら下がる人々は多い。原子力問題に、少し分け入ってみると、膿の塊のような構造がある。
 そもそも、日本の原子力政策の大きな柱となっている、核燃料サイクルは破綻している。
 要である高速増殖炉は、70年ごろには、30年後に完成しているといったが、今日に至って影も形もない。そして、「すくなくても50年は出来ません」といっている。
 核燃料サイクルが機能していないのに、ブラトニウムの量だけは、再処理によって増えている。各原発に設けられている、使用済み核燃料を保管するプールがいっぱいになって、使用済み核燃料の行き場がなくなってしまえば、原発は止めざるを得ない。
 もはや、核燃料サイクルは、まったく機能していない。しかも、その破綻した再処理のために、6年間で3兆円という金を積み立てている。その原資は、電気料金で、政府も東電も表にだしていない。これらを、メディアが問題として報道しようとすると、電力会社が脅しにかかってくる構造にある。
 また、使用済み核燃料、とりわけ、高い放射性廃棄物を捨てる場所も決っていない。大規模地震が多発する我が国で、何百年という長期にわたって、冷却をはじめとする管理をしていかなければならない。
 「再生可能エネルギー100%社会へ」まず、原発の新規立地はできない。振るい原子炉は40年で廃炉にしていく。では、どうするか、①合理的に省エネを実施していく②発電量に占める、再生可能エネルギーの割合を増やす(コストの面でも、風力は既に原子力より優位にある)③2050年、全ての原発が廃炉になるまでに、再生可能エネルギーを100%にする。
 現在、石油の輸入で20兆円が海外に流失している。再生可能エネルギー100%になれば、そのコストは不要になる。

▲自民党の中にも、このように、原子力政策の転換を求めていくことを、考え、主張する人たちがいることは、心強いことである。

最後に、メディア批評で取り上げられている、「共振するメディアと原発」と「ついに切られた、脱依存への舵」について、紹介したい。

まず、「メディアと原発」である。これ程の事態になっても、メディア側から「脱原発」の一言もないとは不思議である。
さらに、巷では連日「原発反対」のデモが繰り返されているのに、(4月10日の高円寺デモには15000人が集まった。浜岡の危険を訴える集会にも、2500人が集まった
また、ネツトやツイッターを利用する若者達は、連日小さな集会を開いている)メディアは目を向けることもしない。
 ここまでくると、メディアは原発イデオロギーに染まっているとしか思えない。この相同性は「制御不能」「危機意識のレベルダウン」である。
 「レベル7」の認定を境に、テレビのトップニュースは、原発事故の最新情報ではなく、「復旧」に話題をシフトする。そして、東電は賠償金の仮払いをすると発表した。
 原発の「冷温停止」のめどもつかない。「レベル7」の危機が去っていない時点で、どのようにして、賠償の範囲を特定できるのか。そこには、東電の「したたかな甘え」をメディアが下ささえしている。福島の危機の高まりをよそに、テレビは急速に日常化し、バラエティ番組が復活している。今は、「レベル7」と「復旧」の組み合わせによって、危機意識はクールダウンさせられている。メディアが批評や感情の麻痺を構造化している中で、ネツトツイッターの利用者が、「脱原発」の意識を研ぎ澄ましているのは、ルーティー化されたメディアウォールの、遮蔽を受けていないからだろう。
 「何故、こんなことになるのを防げなかったか」この「否定の問い」をメディアは封印している。
 しかし、メディアの閉塞状況を、わずかながらこじ開けようとする努力を、見出すことができる。①TBS「報道特集」である。3月12日から、反原発の立場を表明する。
そして、伴(原子力資料情報室)が、次のように述べている。「冷やす段階に失敗し、炉心溶融に向かっている」といった。1カ月前から「レベル7」を予告していた。
②朝日の「サンデープロジュクト」では、原子力安全委員会が過去に「全電源喪失は考慮しなくてよい」と結論づけた、議事録を明らかにした。元委員長にインタビューしたら、「全ての可能性に対応すると費用がかかりすぎる」といい、その上で「今後の対策として、津波以外の要件も精査しなければならない」といった。しかし、このやり取りには、二つの落とし穴がある。一つは、原子力安全委員会が、コストを考慮する発言をして、はばからない。つまり、東電との距離が見出せない。二つは、「厳密な安全対策」という美名のもとに、原発という技術体系をいささかも疑っていない。コストさえかければ、今回のような事故は、起こらなかったと、開き直っている。
③吉岡は(城南信用金庫)「原発とは、いかに危険なものであるか、人は必ずミスをする。何があっても大丈夫という説明が、ことごとく違っていたことを知って、衝撃を受けた。東京は福島の人たちに迷惑をかけてきたことに気がついた。原発への依存が、3割であるなら、その分節電を行い、ソーラ、風力等の代替エネルギーを開発し、利用していきたい」

 「脱・依存への舵」
 毎日は、4月15日の社説で、「政策の大転換を図れ」といい、「予測不可能な大地震だけでも、日本が抱える大きなリスクである」と延べ、「地震国日本は、原発と共存できるのか。真摯に検証した上で早急に打つべき手を打ちながら、原発政策の大転換を図るしかない」また、山田が名物コラムに「浜岡原発を止めよ」を訴えた。(これが、管の浜岡停止要請となったといわれている)
 朝日は、4月20日の社説で、「原発に依存してきた、国のエネルギー政策を見直す議論を直ちに確かめるべきである」さらに、「エネルギー需要の拡大を前提にした、過去の政策から舵を切る好機である」とある。
 読売は、これだけの重大事故が起きているのに、3月29日の社説で「エネルギー安全保障や地球温暖化対策の観点からも、原発は安全に管理する限り、電力供給で重要な位置を占めつづけよう」と宣言し、「日本の情報を各国と共に共有し、世界中の各専門家の協力を仰いで、迅速に事故を収捨しなければならない、それが、世界の原発推進国の信頼を保つ唯一の道である」と力説する。
 日経はどうなのか、「原発の鎮静化に国の総力を上げよ」「原発の安全総点検へ信頼できる体制を」「原発の最悪を踏まえ、情報開示を強めよ」等であり、原発依存を見直せとは、一言もなかった。米紙はどのように報じたのか。前号でも紹介したが、日本のメディアでは知らされない、重要ニュースを知ることが出来る。
 ニューヨークタイムズでは、「死傷者が増え、放射能の危険が大きくなり、日本は混乱」(3月14日)「原子炉の部分的溶融の解説」(3月16日)「別の原子炉の容器にひび割れの可能性で危機ひろがる」(3月17日)「高濃度の放射能を探知、日本側と見解が割れる」(3月18日)「原子炉よりも使用済み核燃料がより危険」
 そして、ワールド・ウォッチ研究所が「福島後の世界における原子力、チェルノブイリ25年」を発表した。そのポイントは、①2010年の世界の累計発電設備容量として、太陽光や風力等の再生可能エネルギーが3億8100万キロワットに達し、原子力の3億7500万キロワットを史上初めて上回った②福島以後の原子力の状況は、新規の原発の増加より、老朽化した原子炉の運転停止や、廃炉のスピートが上回る。
 これまで、大メディア、特にテレビは、原発と共振してきた。原発事故が起こってから、一部の新聞やテレビが「脱原発」へ舵を切り始めたが、大半のメディアは、いつ目をさますのか。

▲予定では、「アラブ革命」について、紹介することにしていたが、ごらんのように、「原発」だけで、ページが埋まってしまったので、「アラブ革命」は、別紙で紹介することになる。予定では、今月末か来月の初めとしたい。

                                  以 上










 

吟遊視人さんへ

 投稿者:としぞーメール  投稿日:2011年 6月 1日(水)12時51分52秒
返信・引用
  すみません。先日以下の内容でメールをしましたが、宜しくお願い致します。
時々、メール配信の調子が悪いので念のためです。

ーーーーー以下送信分ーーーーーーー
北島様

昨日は有難うございました。
時間が過ぎるのがあっという間で、
いつもながら楽しいひと時でした。

さて、7月15日の予約の件ですが、
健保の山下さんと話しましたが、
通常ルートで事務的に申し込んで
もらいたい、とのことです。

北島さんの方で、健保番号など
把握されているのであれば、いつも
どおりに手続きして頂きたいと思います。

それで、ダメなときは次の手を考えたいと
思いますが、いかがでしょうか。

どうぞ宜しくお願い致します。

http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html

 

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